OSHOブログとは

このOSHOブログでは、インドの神秘家OSHOがこれまで話してきている講話や本の中から、現代社会に向けてのメッセージや生きることについてのメッセージを伝えることを中心にしながら、私自身がどのようにOSHOと関わってきたのか、私の目線でのOSHOについての紹介を通して、OSHOを知っていただければと思います。

現在彼の講話は世界で2500タイトル以上の文献ないし書籍として、60カ国語に翻訳され、9000時間に及ぶデジタルオーディオ、そして3500時間に及ぶビデオとして保存されています。

彼はインドの運命を変えた10人の一人として、仏陀やガンジーやネルーと並び称されています。

そして、アメリカ人の作家、トム•ロビンスは「キリスト以来最も危険な人物」と紹介しています。

インドの彼の瞑想リゾートを訪れたダライ・ラマは、「OSHOは、人類が意識の発達においての困難な段階を克服するのを助けるために、あらゆる可能性に働きかけている、光明を得たマスターだ」と語っています。

彼の本を出版しているペンギン・ブックスは、「OSHOは20世紀後半のもっとも影響力のあるスピリチュアルティーチャーの一人であり、あらゆる時代の、あらゆる国々の、あらゆるスピリチュアルな背景を持つ何千もの人びとが、彼の教えの率直さと純真さに感銘を受けてきた」と述べています。

彼の業績はあまりにも広大で、広範な分野にわたっているので、彼を語るには、人それぞれがその触れた側面を断片的に語るしかありません。

仏陀の言葉が如是我聞、私はこのように聞いた、というふうにしか語られないように、まさにひとそれぞれが、自分が聞いたこととしか、語ることはできません。

私がここで語るOSHOも、単なる私の等身大でのOSHOになってしまいますが、私の意図としては、そこでもしOSHOに興味を持たれれば、ぜひ彼の言葉に直接触れていただきたいと思います。

それが私が代表を務めるOEJ Books で彼の本を出版している目的でもあります。

彼の語る言葉に触れれば、必ず、人生を生きていく上で、大きなヒントを与えてくれるでしょうし、おそらくはヒントにとどまらず人生を変えてしまう衝撃をもたらす可能性が大きいでしょう。

そういう意味では、トム•ロビンスが言っているように、もし真剣に関われば、人生を変えないではおかないような、危険な人物ではあります。

私の人生もそれで全く変わってしまいましたし。

これからこのブログで彼のことを主観で語る前に、彼のプロフィールをここに簡単に紹介しておきます。

OSHOは1931年12月11日にインド北部のマディア・プラデッシュ州の小さな田舎町、クチワダに生まれました。

その幼少時代から彼は反逆的で独立精神があり、一般に受け入れられていた宗教的・社会的・政治的な伝統に挑戦し、他人から与えられる知識や信仰を得るよりは自分自身にとっての真実を体験する人生を貫き通しました。(彼の幼少期から青年時代について語った自伝「ゴールデンチャイルドフッド」に詳しいです)

彼は1953年3月21日、21歳にして究極の覚醒を得ました。日本でいうと、悟りを得ました。

サガール大学哲学部を首席で卒業。
学生時代、彼はインド弁論チャンピオンであり、金メダル受賞者でした。

彼の講話はすべて、何の原稿も準備もなく、即興で語られているものです。
それが可能だったのは彼のこのような経歴がものがたっています。

ジャバルプール大学で9年間哲学教授を務めた後、大学を去り、インド各地を旅しながら講演を行いました。

彼の講話にはインド各地から人が集まり、数百人、数千人の聴衆を前に語っていました。

また、公開討論では、伝統的宗教の指導者に挑戦し、伝統的信仰を覆して大衆の既成観念にショックを与えました。(「セックスから超意識」という本はそのときの講話録のひとつです)

彼のワークの過程に於いて彼は、仏典、聖典、禅録、タオ、ヨーガ、スーフィズム、タントラなどの経典を題材としながら、人間意識の発展の局面すべてについて話しています。

仏陀、キリスト、ボーディダルマ、老子、パタンジャリからタゴール、カリール・ジブラン、フロイト、ユングまで……。

彼はその一人一人から、知的な理解に基づくのではなく、自らの実存的な経験に照らして吟味し、現代人のスピリチュアルの探究にとって重要なエッセンスを引き出しています。

彼の言葉を借りれば、教典や聖典がピストルだとすれば、そこには自分の弾(言葉)を込めていた、というようなことを語っているのを聞いたことがあります。

彼が仏陀の言葉を話すときには、まさに仏陀が話しているように感じました。

私は禅に興味があって、学生時代から禅にハマっていた時期があり、それで仏陀に会いたいと思ったのですが、彼が実際に講話を話すのを聞いたとき、まさに仏陀に会ったという感覚でした。

彼は、人間の意識の覚醒と瞑想の必要性や新しい人類のヴィジョンを説き、既成の宗教・政治を批判し、古今東西のあらゆる領域にわたって語るOSHOの講和は、鋭く、ウィットとユーモアに富み、世界中の探究者が彼のもとに集まっていました。

私がインドの彼のアシュラムを年に1、2度訪れていたのは、1987年から1990年にかけての時代でしたが、世界中からエサレンをはじめとする、多くのトップセラピストたちが集まり、さまざまなワークショップが開催されていました。

そして、毎日、朝晩に話される彼の2時間にわたる講話を聴きに、あらゆる人種、さまざまな国々からの人達が、集まってきていました。

そして、1990年1月19日、インド、プーナのOSHOコミューンインターナショナルに於いて肉体を離れました。

もう、あれから25年という月日がたとうとしていますが、彼は生き生きと私の中に生きています。

実際、彼は、「私を過去形で語らないように」と語っているのを聞きましたが、彼は過去ではなく、まさに今ここに生きている。

そのことをこのブログでもお伝えできればと思います。

それでは、おつきあいのほど、よろしくお願い致します。

Gatasansa Etani

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8 件のコメント

  • dorozhnye fondy

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