親密さへの恐れ

今回のOSHOへの質問はこうです。

「私が抱える数多くの恐れのなかで、自分でもよくわかっているもののひとつが、親密さへの恐れです。私はまるでひき逃げドライバーのような人との関わりをしています。親密さへの恐れについて語っていただけますか?」

OSHOの答えは、親密さへの恐れについて、非常に深い人間心理にまで掘り下げ、どうしてそのような親密さへの恐れが作りだされたのか、その親密さへの恐れをなくすには、どうすればよいのかが語られています。

そして親密であることによって、この世界を、人生をより豊かで、幸せで、自分のまわりを天国にするように生きていくことの可能性について語っています。

そして、最後に、この質問者への具体的なアドバイスをしています。

ここに紹介する講話は10分ほどですが、この質問についてのOSHOの講話を全部聞くと1時間30分ほどかかります。

最初はいつものように、最初の10分間だけの講話の紹介にとどめようと思っていたのですが、その続きが聞きたくなって、150円でレンタルして、最後まで聞いてしまいました。

最初の10分だけだと、親密さの定義と恐怖については触れられていても、ではどうすればいいのか? ということがわかりません。

そこで、このブログでは、簡単にその粗筋だけを紹介しておきます。

興味のある方は全部を聞かれるとよいかと思います。

OSHOは語っています。

それに気づいているいないに関わらず、誰もが親密さを恐れている。

親密さというのは、赤の他人に自分をさらけ出すことだ。

私たちは、お互いを知らない赤の他人だが、自分自身に対しても赤の他人といえる。
なぜなら、自分自身が誰なのかを知らないからだ。

親密であることによって他人同士を近づけるけれども、親密さが可能となるためには、まず自分のすべての防御を落とさなければならない。

しかし、そこに恐怖が生じる。

なぜなら、もし、すべての防御を落として、仮面を脱いだら、他人があなたに何をするがわからないからだ。

私たちは自分の内側に、他人に対してだけではなく、自分に対しても千とひとつのあらゆることを隠している。

なぜなら、私たちは抑圧や抑制、タブーなどによって病んだ社会で育てられているからだ。

そういうところでは、距離を置いて、保身的である方が、自分の弱みや傷つきやすさ、もろさなどを人からつけ込まれずにいることができて、安心していることができる。

このようにして、誰もが親密さを恐れている。

ところが、ここで話が複雑になるのは、すべての人が親密さを求めているからだ。

なぜなら、親密さがなければ、この宇宙で独りぼっちで、友人もなく、恋人もなく、信頼できる人が誰もいず、自分の傷をさらすことができる人もいないことになってしまう。

そして、その傷というのは、さらさない限り癒されない。

隠せば隠すほど,それは危険になる。癌を作りだしたりする。

親密さは一方では基本的な必要性がある。
だから、誰もがそれを求める。

でも、みんな、相手の人が親密であることを望む。

誰もが、相手の人に、防御を落としてもろさをさらけだし、傷や仮面や偽の人格を落とし、裸の、ありのままでいて欲しい。

しかし、誰も自分からは防御を落とさない。

親密でありたい相手に対して、親密であることを恐れている。

これが、友人や恋人間での葛藤のひとつになっている。

誰も自分から防御を落として、裸で率直で、オープンではいたくない。
しかし、両者とも親密さを必要としている。

あなたが宗教や社会や文化、両親や教育によって与えられてきているすべての抑圧や抑制を落とさないかぎり、あなたは決して誰かと親密であることはできない。

しかも、それはあなたが率先してやらなければならない。

もし、あなたになんの抑圧や抑制もなく、シンプルで自然な生活を送ってきているなら、傷はないだろうし、親密さに対する恐れもないだろう。

むしろ大いなる喜びを感じるだろう。
それは、ちょうど二つの炎が近づいて、ひとつの炎になるようなものだ。
その出会いはとても喜びに溢れ、満足のいくものになる。

しかし、そのような親密さを得るためには、まず自分の家をクリーンにしなければならない。

瞑想にある人だけが親密さが生じることを許すことができる。

彼は隠すべきものがなく、他人から知られるのを恐れるものも、自分から落としている。

そのような人は静かで、愛に満ちたハートだけとなっている。

あなたは、自分をすべて完全に受け入れなければならない。

あなたが自分自身を完全に受け入れることができないなら、どうして他の人があなたを受け入れることができると期待できるようか。

あなたは見かけとは違う。あなたの見かけは偽りだ。

最初の一歩は、自分を完全に受け入れることだ。

すべての伝統や慣習を脇に置いてだ。それらは人類を狂気に駆り立ててきた。

あなたが自分自身を完全に受け入れたら、親密さへの恐怖は消え失せるだろう。

あなたが親密さへの準備ができれば、他の人をも親密であることを勇気づけることができるだろう。

あなたのオープンさが、他の人もあなたに対してオープンになるのを助ける。

オープンさ、シンプルさ、無邪気さ、信頼、愛を楽しむことを許す。

私は一切「べき」を教えない。すべての「べき」は人のマインドを病気にする。

人々は「あるがまま」であることの美しさを教えられるべきだ。

人間だけが自分で自分の問題を作り出してきた。

自分の本性を非難することで、あなたは二分される。あなたは分裂する。

あなたの手の内にあるのは、あなたの生だけだ。それをできるだけ豊かにしなさい。

親密さや愛やあなたを多くの人に開くことによって、あなたはより豊かになる。

そして、もし、あなたが深い愛のなかに生きることができれば、深い友情のなかに生きることができれば、多くの人との深い親密さのなかに生きることができれば、あなたは正しく生きているということだ。

さらに、このあと、OSHOの講話は30分ほど続きます。

天国と地獄についての興味深い話が語られています。私の好きな話のひとつです。

それでは、最初の10分の講話をお楽しみください。

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