新しい人類

OSHOのワークをひとことでいうならば、新しい人類を生み出すことだったと思います。それは彼の言葉で言えば、「ゾルバ・ザ・ブッダ」ということです。

この宇宙は生命を生み出し、この地球でその生命が進化して人間になったと言われています。

そして人間が他の動物と区別されるのは意識があることです。
その意識が他の動物よりも進化していると言われています。

知能において他の動物よりもすぐれ、文明や文化を生み出してきました。

そして文明の利器を生み出し、より良い生活をめざして進歩してきているように思われます。

しかし現状を見ると、それらの文明の利器や科学の進歩を使って戦争をして最も残虐な行為を行なっているのは人間ですし、環境を破壊し、この地球に住む多くの生物や動物を絶滅に追い込み、今や人間の生存も危ぶまれる状況を作り出しているのも人間です。

それはなぜでしょう?

マインドは発達し、科学が発達してきてはいても、人間の意識が進歩していないからではないでしょうか?

OSHOがアメリカで受難したこと、そしてギリシャで受けた仕打ちを思うとき、25世紀前のキリストの時代、そして25世紀前のソクラテスの時代と人間の意識は進歩しているでしょうか?

人間がこれまで生み出している文明の利器、科学をほんとうに人間の幸福のために使うことができるのは、それを使う人間の意識の進歩がなければ、それは叶わぬ夢になるでしょう。

そこで必要とされているのは新しい人類、新しい意識を持った人間です。

OSHOが瞑想をその教えの根本としているのは、それが新しい人類の意識をもたらすものだからにほかなりません。

OSHOが現在のもっとも進歩的で民主主義の国といわれていたアメリカを訪問し、インドに帰り、ネパールを訪れ、そしてギリシャを訪れてきたことのなかで、現在の人間の意識の状態が暴かれているように思うのは私だけでしょうか?

今回は、ギリシャでなされた講話ふたつを紹介します。

仏陀を生んだネパールを去り、ゾルバを生んだギリシャでの講話です。

ゾルバとはギリシャの作家カザンザキスの小説「その男ゾルバ」の主人公で、生を愛する享楽的人間の物語です。

この本を原作とした同名の映画にもなっています。

アンソニー・クインが主演した1964年のイギリス・ギリシャ・アメリカ合作映画です。

ゾルバの発案で建設された、森から切り出した木材を山から滑り下ろすケーブルは、竣工式での試運転で倒壊し 全てを失ったにもかかわらず少しも動じることなく、クレタ島の明るい太陽の下で悠々とダンスを踊り始めるラストシーンのゾルバの姿は、まさにOSHOの姿とも重なります。

シュンニョは書いています。

「OSHOはゴータマ • ブッダを生んだネパールを去ってきたばかりでした。
そして私たちのワールドツアーの訪問地は、ゾルバを生んだギリシャです。

OSHO──「ゾルバは寺院の礎だ。ブッダは寺院そのものだ。

私は新しい人類をゾルバ・ザ・ブッダと名づけた。
私は分裂を欲しない。
物質と精神、俗と聖、この世とあの世という分裂を欲しない。
私はいかなる分裂も欲しない。
すべての分裂は、あなたの内面における分裂なのだから。

みずからを分裂させた人格あるいは人類は、錯乱し、発狂する。そして私たちは錯乱し、発狂した世界に生きている。

それを正気に戻すには、その分裂に橋をかけるしかない。
ゾルバはブッダになる必要がある。そしてブッダは、みずからの礎を理解する必要がある。

根は醜く見えるかもしれないが、根がなければどんな花も咲くことはない」

菜食について。

OSHO──「何世紀にもわたって菜食をつづけてきた民族は、安全に非暴力だ。
彼らはいかなる戦争も起こさなかった。十字軍も聖戦も起こさなかった。

肉食の民族は、感受性を失わざるをえない。
彼らはよりハードになる。
彼らは愛の名において殺し、平和の名において戦いに向かう。
自由の名において、民主主義の名において、彼らは殺す。

‥‥‥ 食べるために動物を殺すのは、人を殺すのとそれほどかけ離れたことではないように思える。
人と動物とは肉体や形状が異なるだけで、あなたが破壊しているのは同じ生命だ」

   「OSHOと過ごしたダイヤモンドの日々」
      http://u111u.info/kBc1
ちなみに、ゾルバとブッザについては、OSHOはこちらの講話でも詳しく話しています。
http://ameblo.jp/oejbooks/entry-11985476280.html

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