幸せと不幸せの違い

 OSHOはダルシャンという、訪問者や弟子と面会して質問に答えたり、サニヤスのイニシエーション(弟子になる儀式)をしたあと、エネルギーダルシャンをはじめます。

 これはエネルギー的にOSHOとともに在りたいと望む人は、ひとりずつOSHOのの前に座るように招かれ、マニーシャを含めた十二人の女性のサニヤシンが、毎晩のダルシヤンに出席するようになっていました。

 マニーシャたちはOSHOのエネルギーのための媒体となって、ほかのサニヤシンのために電圧を下げる変圧器のような役目をします。

 OSHOの指示に従って、マニーシャたちは彼の前に足を組んで座った人の周りについて、ひとりが座った人の片側につき、もうひとりが背後に廻るといった具合に配置されます。

 ときには、十二人全員が動員され、音楽の演奏とともに、OSHOは受け手(座った人)の額に一方の手の指で触れ、もう片方の手の指を彼のいちばん近くにいる媒体の朧に触れたりします。

 そんなとき、マニーシャは両腕を上げたまま、自分のエネルギーが優しく、ときには荒々しくマニーシャを勣かすのを許します。すると歓びの渦がマニーシャを満たし、洪水のように溢れ出すのを感じたりするのです

 マニーシャは、その体験を次のように書いています。

 「大方の人は、幼年期を振り返ると、自分がエネルギーそのものだったことを思い出す。そのエネルギーは生命力に満ちて脈打ち、私たちを木登りやとんぼ返り、そして砂の城作りや水鉄砲ごっこへと、絶え問なく駆り立てたものだった。

 それは、容易に笑いや涙に煬発していエネルギーだった。

 媒体であるということは、エネルギーが私をくすぐって、ただただ楽しいという理由から、踊らせたり笑わせたりするのを許す、子供のようなスペースを思い出すということだ。

 それに加えて、いまはまったく新しい次元が存在している。私はOSHOの臨在の許で、自分自身を見失うことなく、歓喜の頂点を体験することを学んでいる。意識的に生を祝祭する方法を学んでいるのだ。]

OSHOのエネルギーの媒体としてのマニーシャたちの役割は、歓びに溢れた環境をつくることで、このワークに毎晩参加するようになって、マニーシャは一日の中で変化する自分の気分により気づくようになります。

 それは一日二十四時間、上機嫌でいる義務を感じるということではなく、毎日の生活の中で起こる状況は、否定的でも肯定的でもないことに、気づきはじめたのです

 そして、それらの状況をどう解釈し、対応し、使うかは、自分次第だということがわかったのです。

 そのことに気づく以前は、ちょうどポジティブシンキングの人たちがするように。今日はハッピーでいようと意欲に燃えて今朝をスタートしたりしていても、丸一日かかったコンピューター上のいっさいの仕事が消えてしまったり、ボーイフレンドが別の女性の方に行ってしまったとかしたら落ち込んだりしていたのです。

 しかし、その気づきがあってからのマニーシャは、そのようなまわりの状況には左右されなくていいんだということがわかるようになったのです。

 その気づきについて、マニーシャは次のように書いています。

 「もし私が本当に歓びに溢れていたいのなら、何ものもそれを止められないことを知っている。                                   ’
 さらに、生を複雑なものとして見ると、不幸せな気分になるということにも気づき始めている。

 裏返して言うなら、幸せなとき、生はシンプルで問題など存在しない。

 不幸せなときは、自分という感覚がしっかりある。

 幸福ではないが、少なくともそれを認識している私がそこに存在する。

 一方、幸福なとき、幸福はそこにあるが、[私]という存在はより曖昧になり、濟えてしまうことさえある。

 「和尚との至高の瞬間」より

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