Oshoの過去生

Oshoは過去生について詳しく話していた時期もありますが、過去生などというものはない、というふうに言っているときもあります。

Oshoが話していることを聞いていると、必ずといってよいほど、どこかで矛盾しているようなことを語っています。

Osho自身、「自分は矛盾したことを話す」と語っているので、そういう意味では矛盾はしていませんが。

それはともかく、Oshoの過去生については、彼自身が語っていることがあります。

Oshoの前世についての話は偶然のようにして明るみに出たもので、それまで彼自身は誰にも話したことがありませんでした。

Oshoの前世についての話というのはこうです。

彼は以前にもさまざまな流派、さまざまな体系を通じて数々の道を歩いたことがある。今回までの最後の生は700年前で、山中に神秘教団をひきい、遠国から多くの伝統や道に属する弟子たちを集めていた。その師(マスター)は106歳まで生きたが、死を前にして終了時には光明に至る21日間の断食にはいった。

しかし彼には、最終的に<永遠>の中に消え去る前に、もう一度だけ生を受けるという選択肢があった。

彼は弟子たちの一団を見わたした。そこには未だ途上にあって助けを必要としている大勢の者たちがいた。

彼はまた東洋と西洋、肉体と魂、物質主義と精神主義のあいだに統合をもたらす大きな可能性も見た。新しい人間を生みだす可能性をみた。完全に過去を断絶した未来の人間である。

幾多の生にわたり、力のかぎりめざしてきた究極の成就を目前にして、彼はふたたび人間の肉体に戻る決心をした。

かくして純粋な愛と慈愛から彼は弟子たちに、また戻ってきて彼らと真理を分かち合い、彼らの意識を<目覚め>の境地にまで導くことを約束したのである。

あるとき、Oshoのお母さんがプーナのラムラル・ブンガリア氏を訪れたとき、氏は好奇心から、Oshoの子供時代に何か変わったことがないかを尋ねたことがありました。

するとOshoのお母さんは「彼は誕生後の三日間、泣きもしなければ乳も飲まなかった」というふうに答えました。

その後の1979年の10月のヴィザント・ジョンのインタビューで、ブンガリア氏に語った以上のことを覚えているかを聞かれて、次のように答えています。

はい、彼は三日間乳を飲みませんでした。わたしはとても心配でしたが、どうしていいのかわかりません。

赤ん坊の面倒はわたしの母がみていました。彼女はおっぱいのかわりに水を飲ませて、わたしには心配しなくていいと言いました。

四日目に、母が気持ちのいいお風呂をつかわせてやったあと、初めて乳を飲み出したのです。

その三日間、赤ん坊が何か不快げなようすを見せたかどうかを聞かれて、

「いいえ、ぜんぜん。三日間を通して健康状態は正常でした」と答えています。

それに対して、Oshoは次のように説明しています。

これは本当の話だ。700年前、わたしの前回の生において、死の直前に21日間の断食をするという霊的な修行が行われていた。わたしは完全な断食ののち、肉体を捨てることになっていた。これにはいくつかの根拠があるのだが、わたしはその21日間をまっとうすることができなかった。三日が残った。その三日間をわたしは今生で終わらせなければならなかった。今生はその時からの続きなのだ。

   ・・・

前回の生であと三日を残すばかりとなったとき、わたしは殺された。ほんの三日前に殺されたために、21日間を完了することができず、三日間がやり残しになってしまった。今生で、その三日間を完了したわけだ(4日目にはじめて乳を飲むことで)

Osho「Dimensions Beyond the Known」

では、なぜOshoは3日前に殺されたのか?

そのことについてもOshoは語っていますが、それはまた次回に。

それでは今日も素敵な一日を!

えたに