あなたの内の男と女
愛と自由を手に入れる魔法あなたの内の男と女
生まれることなく、死ぬこともなく
名前もなく、顔もない――
その存在へ
To the Presence —
nameless, faceless,
never born and never dying
“The two shores of Love -inner man & inner woman” Sagarpriya DeLong
Copyright © 2015 Sagarpriya DeLong All rights reserved
輝くような知性、しなやかな感受性……それがサガプリヤさんの印象です。
彼女との出会いは忘れがたいものです。私のなかの男と女、二つの拮抗するパートを彼女は魔法のように引き出してくれました。驚嘆するとともに、すでに知っていたことのように感じました。
この本は、今まで漠然としたイメージはあったけれどけっして到達できないと思っていた場所へと、あなたを簡単に連れて行ってくれるでしょう!
吉本ばなな
目 次
推薦文 -吉本ばなな 001
まえがき 013
第一章 内なる男と女 017
内なる二つの極性/人生のパートナー選択への影響/内なる男と女への10の質問
正反対の特徴を体験する/男か女、一方への偏り
第二章 体のエネルギーから明らかになる二つの人格 033
イメージを受け取る/両足のイメージ/見えない女性/ギャンブラー
レゾナンス(共鳴)、深いリラクセーション
第三章 人格と存在の違い 055
信頼と恐れ、二つの視点/人格は努力、存在は無努力/欲望というブラックホール
愛の三つのレベル
第四章 瞑想とは何か 077
変えようとする前に、あるがままを見る/自然な衝動を信頼してくつろぐ/ガイド瞑想
男性性の瞑想と女性性の瞑想/男女のための呼吸の瞑想法
第五章 仕事、関係性、瞑想 ―三つの相互依存エリア 099
両脚を見れば仕事のことがわかる/三つのエリアのつながり
一つのエリアの症状から他の二つのエリアの問題が明らかになる
動物園の飼育係か?
第六章 ペアを設定する 119
対面して、感じる/人格に表れるレゾナンス/くつろいで見守ることの大切さ
舞台上の男と女/デザインの才能
第七章 愛とは何か 145
自立の必要性/ジャッジ/経済的な基盤/結婚への期待/離婚の成功例
勇気を出して、散歩する
第八章 出会いが困難なケース 171
自己評価の低い極性/波ひとつない静かな湖/強すぎる極性
他人の靴をはくな!
第九章 仕事、お金、生存への恐れ 193
男と女、どちらが稼ぐのか/くつろいで稼ぐ
創造性は死の恐怖を消滅させる/仕事の責任をとる
彼女は整備士ではない/キッチンで自分を確かめる
第十章 過去生 223
前世のトラウマの影響/二度目のチャンス/失敗を繰り返さないために
世捨て人/他人は鏡
第十一章 対話は可能だ 243
依存を明らかにする/内なる関係性に調和を創り出す/パーティの女
しぼりかす/気づきがすべてを変える/デザインの才能
第十二章 不安は冒険 283
勇気を出してジャンプする/デザインの才能/“やり方”は内側に
自由の感覚をとぎすます
著者について 305
まえがき
最近のマーケットには「自分を知る」メソッドがびっくりするぐらいあふれています。そのなかのひとつを選ぶのは至難のわざです。ひとつひとつが目標を達成するため、これをしなさいとか、あれを練習しなさいとか提案しています。もしあなたが自分を知りたいと思っているなら、あれやこれやを試してみるでしょう。
個人的なことを話せば、私もかつては消費者としてあれやこれやを試してみたのです。確かに、自分について少しは知識が増え、一部のひっかかりが解消したのは事実です。しかし一番肝心なものは見つからず、私も他の人たちと同じように、この探求に少しうんざりし、その手のものはすべて投げ出して、まっとうな生活に立ち戻って、そこでベストを尽くすしかないと考えるようになりました。
ところが、ふとした偶然から、私はOSHOに出会ったのです。精神的なマスターは探していませんでしたが、運よく彼を見出しました。あるいは、もしかしたら彼が私を見出したのかもしれません。
彼は私に言ったのです。自分自身を知りたかったら、なにかを「する」のではなく、自分のなかに「安らぐ」ことが鍵になる、と。
彼の弟子(サニヤシン)として多くの年月を過ごし、この安らぎのプロセスを通じて発見したのは、私が探していた自己のような実体は存在せず、むしろ対極の二つのエネルギー、男性性と女性性のエネルギーが互いにダンスしながら、一緒にいることを楽しみ、想像を超えた美しい愛を作り出せるということでした。
この愛を実際に体験してみる方法を、私はこの本の中で提案しています。私は、この本で紹介する「スターサファイア・エナジーワーク」の考案者ですが、その最初のクライアントでもあります。
この本が「私」という一人称で書かれているのはそのためです。私の実験はとても個人的なものだったので、そんなふうにしか表現できないのです。この本では私自身のプロセスを個人的な逸話や回想として書いています。だれかにセッションを施しているときでさえ、私自身もその人と一緒に成長しています。
この本の中で囲み記事として取り上げられている事例が現在形で書かれているのはそのためです。あなたもその場にいて、その一部になって、その臨場感を味わってもらうためです。
内側に男性と女性、二つの 拮抗 する側面があることに気がついたとき、あなたは同時に、二人のあいだに不和があることも見出すでしょう。多くの人の内側で、二人は争い合っています。必ずしも激しい争いではありません。
私の場合だと、一方(女性)が支配的でもう一方(男性)が衰退しています。男性は事実上眠り込んでいて、女性はあらゆることを一人でやらねばならない疲れから消耗しています。
もっとよく見ていくと、これが政治的な駆け引きであることがわかります。では、どちらが勝者なのでしょうか? フリッツ・パールズ(ゲシュタルト心理学の創始者)は「負けたほうが勝ち」とよく言っていました。でもこの勝利にはあまり価値がありません。
実のところ、本当の政治はあなたの中にあるのです。外側の政治は誰の目にも見えます。国と国が互いに競争し、経済的、政治的、社会的に勝者になろうと争っています。支配が受け入れられないと戦争が起こります。
こうした戦争は各個人の奥深くで起こっていることの反映です。個人、つまりあなたや私が変わって、みんなの内側から愛の泉がわき出したら、戦争などできなくなるのです。
スターサファイア・エナジーワークは、私がサイキック・マッサージの手法によって肉体から学んだことと、真実に安らぐというOSHOの理念を応用した私自身や他の人たちの心理学的研究から学んだことから生まれてきました。
この本の中で、私は人の肉体からやってくるメッセージを感じとる方法を解説しています。そしてOSHOの弟子であることで得た多くの洞察を分かち合うつもりです。しかし、この本の内容を生かし、自分の人生や生活に役立てるために、精神的マスターが必要なわけではありません。このメソッドは誰でも普遍的に応用できます。
私とOSHO(彼は一九九〇年に肉体を離れました)以外に、この本に寄与した人物がもう一人います。それはニティヤ・クリスティアーナ・アリエヴィです。彼女はジャーナリストとしての優れた才能を生かして、イタリア語版の編集に貢献してくれました。
スターサファイアのクラアントとして、この本が一人でも多くの人に読まれることを彼女は願っていました。私の言葉がイタリア人の読者にも気楽に読んでもらえるように、彼女は労を尽くしてくれました。
その影響は英語版にも及びました。技術的すぎる部分を削除するように、私を説得したのは彼女です。そのため、経験のない人でも章から章へと楽に読み進められるようになりましたが、このワークを学ぶ真剣な学生たちのために書かれた内容の一部を割愛せざるをえませんでした。
ニティアはこの本に軽さで貢献し、私は重さで貢献し、そしてOSHOは ……そよ風となって貢献してくれたのです。
サガプリヤ イタリア、ミラノ
第一章
内なる男と女
愛はどんな人でも興味をもつ話題です。周囲を見回すと、映画の中にも、音楽の中にも、雑誌の中にも見つかります。いつも自分でも気がつかないうちに、あなたの目は新しい恋愛小説やドラマ、映画の広告にくぎ付けになります。あるいはいつもとは言わないまでも、「運命の人」と出会ったセレブの物語に思わず目を奪われてしまいます。
早い話、だれもが愛のパワーに捕らえられてしまうのです。なぜなら、それは人に起こりうるもっとも刺激的なことだからです。男性と女性の間には磁石のような引力が働いていて、そののめり込み方は全面的であり、その中に完全に自分を失ってしまいたくなります。
あなたに愛する人がいて、その人もあなたを愛していれば、相手を自分の人生に引き止めておくためにあなたはなんだってするでしょう。もしあなたにパートナーがいなかったら、あなたがこの世で一番したいことは、その人を見つけることです!
でも異性との関係で経験を重ねていくにつれて、自分がいつもまったく同じ種類の問題に直面することに気がつきはじめます。しかしそれをどうしたらいいのかわかりません。
パートナーとうまくいっていないときは、息が詰まるような感じがします。ときどき、自分は義務を果たしているだけだ、期待を満たしているだけだと感じます。
相手を追いかけるしかない時もあります……。どのような動きが展開されても、それに伴うのは重さと自由のない感覚です。そんな瞬間、何もかも八方ふさがりに思えて、あなたは逃げ出したくなります。その関係のないところならどこへでも!
たいていパートナーとの相性が合わないからだ、選択を誤ったからだ、だからこんなに苦しいのだと私たちは考えます。そして続けて考えます。いずれそのうち自分に「ぴったり」の相手が見つかって、何もかもうまくいくだろう!
そうかもしれません。でもよく見ると、完璧なパートナーへの期待は表面的なもので、関係性の根っこはもっと深くて、あなたの無意識のなかに根を張っています。異性関係で確実に成功したいなら、そこを見るのが最善なのです。
内なる二つの極性
心理学者のカール・グスタフ・ユングによれば、女性はみんな無意識の心の中に男性的な人格の刻印、「原型」としての「アニムス」を持っています。この男性の人格がずっと同じままでいることはありません。女性が心理的に成長するにつれて、その特徴も成熟していきます。
同様に、男性は誰もが移り気な移ろいやすい女性的な人格、「アニマ」をもっています。この異性の人格は日常生活では必ずしも目立ちませんが、夢の中ではっきりと見えてきます。ユングはまた錬金術の研究に基づいて、誰もが内側に「太陽と月」を持っていると信じました。つまり誰もが男性と女性の側面を持っているのです。
まったく同じではありませんが、私もそれとよく似た経験をしています。ユングとはかなり異なった経路をたどって、自分の結論に達したのです。
私は、何年もの間、マッサージをするとき、相手の肉体のエネルギーから浮かんでくるイメージを超能力のようにして「見」ていました。しばらくして、その印象には二つのタイプがあって、質的に異なっていることに気づきました。
肉体の働きかける部分によっても違いますが、そのイメージには女性か男性の特徴が備わっています。しかもこれらのイメージは明確なディテールを伴っています。顔の表情、体つき、着ている衣服、過去の職歴など。
この二つの対照的な人物像、「肖像」を発見したとき、私はまだユングの見解について詳しく知りませんでした。しかし、タオやタントラの原理のような東洋哲学に親しんでいたため、肉体の深部に対極の性エネルギーが隠れていても驚きではなかったのです。
私が驚いたのは、男性と女性の特徴がとても具体的に、まるで絵に描いたように表れていることでした。
これは重要なことだからクライアントにも知ってもらおう、と私は考えました。最初のころは、自分に浮かんだイメージを伝えるだけでした。
例えば、あるイメージでは、ひとりの体格のいい女性、普段着の大柄な女性が怖い顔で誰かを指差していました。彼女は不機嫌な母親のように見えました。それに対する人格はたぶん二〇歳ぐらいの若い男性で、細くてしなやかな体つきをし、用事があって市場に出かける途中でしたが、道草するのを楽しんでいるようでした。
この二人の関係はすぐに想像がつきました。女性が支配的で、気の毒な男性はついつい彼女の指図に従ってしまうのです。しかしその当時、この二人の人格を舞台の上で生き生きと演じさせ、相互に交流させる具体的な手法を、私はまだ知らなかったのです。
もっと後になって、クライアントが自ら内なる男性性と女性性を体験する手法を見つけましたが、それは私の口から男と女のキャラクターを説明するよりずっと有益なやり方でした。
人生のパートナー選択への影響
やがて、内側に見つかる両極の関係は外側にあるものと同じだということがわかってきました。例えば、私自身を例にとると、私の中の男性的な部分は早い時期から学校を辞めたがっていたようです。
実際には、当時の私は自分の男性的な部分にまったく耳を傾けていなかったので、きわめて知的な道を歩み続けて、アメリカの一流大学で哲学のコースを専攻し、優秀な学生になろうと全エネルギーを注いでいました。
しかしその後、結婚するとき、一六歳で学校を退学した男性を選んだのです。そして二度目に結婚したときも同じでしたし、三度目もそうでした。どの男性もとても知的でしたが、みんな正式の教育を一六歳でやめていたのです!
自分の内なる男性についてよくわかってくると、彼は木や石や漆喰やタイルなどの家の建材に興味があり、念願の職業は大工であることがわかってきました。それだけでなく、壊れたり故障したりしたものを修理するのが得意だということも。
私は頭では自分は電球ひとつ交換できない人間だと長いこと信じてきたのです。それなのに、人生で出会った男性はみんな大工や便利屋だったし、なかには人生のある時期、修理工をしていた人さえいました!
これは私にだけ起こったことではありません。よくクライアントがこう言うのを耳にします。「私の内なる女性は妻にそっくりだよ」とか「僕のガールフレンドはまったく同じことを言っていたよ」とか。これは偶然ではありません。私たちの内側には男性と女性のエネルギーを一体化し、彼らをひとつにしたいという欲求があるのです。
男性は外側に自分に一番ふさわしい相手、つまり内なる女性によく似た人を探し求めます。女性は内なる男性の特徴を備えた人を見つけようとします。たくさんの人がいて、一〇〇人の中からたった一人の人を選ぶことができたら、あなたは間違いなく「その人」を見つけるでしょう!
とりわけ結婚すると、それがはっきりします。誰かともっと深くもっと長くつきあいたいと思うとき、あなたは相手のなかに自分の「対極の側面」を見ているのです。たぶんそれを意識していないかもしれません。その人に批判的なことさえあるでしょう。でもその人から離れようとしても、どうしても離れられないと感じます。
この一致はいつもボーイフレンドやガールフレンドに当てはまるわけではありません。しかし実際のところ、考えている以上に多くのケースで、結婚していない場合でも、パートナーはあなたの隠れた側面の鏡になっているのです。
内なる男と女への10の質問
その気があれば、簡単な手法をつかって、あなたの男と女の側面を今すぐ経験することができます。質問に答えていきますが、質問してくれる友人がいた方がいいでしょう。質問する人はあなたと感情的なつながりのない人にしてください。理由は以下の質問を見ていけばわかります。
奇妙に感じるかもしれませんが、あなたは片目を閉じて、開いている一方の目から話します。目は窓のようなものですから、両方のエネルギーの根っこが肉体の奥深くに隠れていても、目を通じて二つのエネルギーに触れることができるのです。
右目は男性的なエネルギーとつながり、左目は女性的なエネルギーとつながっています。
最初に右目を片手で覆います。眼鏡をかけている人は、内側にハンカチを入れてふさいでもかまいません。開いている左目から始めましょう。それは女性的なサイドです。用意はいいですか?
質問――
- 今だれかに見られていること、質問されていることを、どのように感じますか?
- 今いる部屋をどう思いますか?
部屋の色は好きですか、暖かいですか、寒いですか? - どんな活動をすると幸せになりますか?
- 自分が住んでいる場所は好きですか?
すべての面について話してください。家やアパートの種類、室内の照明、庭(または、それがないこと)、近所の人たち、地域、国……。住む場所を変えたいですか? - あなたは働いていますか?
(この質問はこのように尋ねる必要があります。というのも、男か女の一方のサイドしか働いていないケースがあるからです)仕事をしているとしたら、そのどの部分を担当しているのですか? その仕事は好きですか、それとも別の仕事に変わりたいですか? - 人生では何を優先していますか?
第一のもの、第二のもの、第三のもの、思いつくかぎり挙 10げてください。 - 日常生活に、自分の興味を追及し、創造性を発揮する十分な余裕がありますか?
- 誰かとつきあっているなら、それはうまくいっていますか?
あなたの方が先にパートナーを選んだのですか? 今でもパートナーを愛していますか? - やりたくないけれどしなければならないことがありますか?
それをしなくてもいいなら、空いた時間で何をしますか? - 聞き手の人に、他に何か言いたいことはありますか?
少し休憩をしましょう。続いて左目をふさいで、今度は右目から、つまり男性の側から話します。友人にもう一度、質問を読んでもらいます。
答えがまったく違っていることに気がつくでしょう。二つのエネルギーが異なるものを選択するのは好ましいことなのです! 一日は二四時間あるのですから、両方に自分を表現する余地を与えればいいのです。
以前、このエクササイズを友人にしたとき、彼は自分の男性サイドがもっとスポーツをしたがっていることに気がつきました。毎日の予定にサイクリングを取り入れるようになって、彼は以前よりも調子がよくなりました。
一方がもう一方の表現を許さないとき、当然のことですが、問題が生じてきます。でもそれがわかっただけでもめっけものです。何かの変化が間違いなく起こってくるからです。
とはいえ、私がここで一〇の質問を紹介するのは、何かを変えるためではなく、誰でも簡単に内なる男と女に触れることができるということを知ってもらうためなのです。
正反対の特徴を体験する
男女のエネルギーの違いについて、どんなことがわかるようになるのか、まだお話ししていませんでした。
男性的エネルギーは、自然な状態では外側へと向かいます。男性は外向的なのです。拡大を好み、もっともっと領土を広げようとします。触ろうとして、両手を伸ばし、その先にあるものを指先でつかもうとします。
それとは対照的に、女性的なエネルギーはその本来の性質からして、どこにも到達したくありません。女性にとって、月へ行くことは無意味なのです! 女性は内側へと向かい、静かなものを好み、安らかさを好み、ただそこにいることを好みます。
例えば、五番目の質問を見てみましょう。働いているなら、どの部分を担当していますか?
一般的に、男性なら言うでしょう。「組織をつくり、計画を立て、実際的な問題を解決する」女性ならたいてい言うでしょう。「多くの人と関わり、耳を傾け、理屈ではなく直観で答えを見つける」これは男性と女性が同じ仕事をしている場合です。
いつもそうとはかぎりません。半分だけが仕事をし、残り半分は働いていない、ということもよくあります。また一方の極だけが働いているが、その仕事が好きではなく、ただ生活のためにやっているという場合も珍しくありません。
男か女、一方への偏り
男性性と女性性の違いに戻りますが、一方は世界を、活動を、騒音を好みます。もう一方は親密さ、無活動、静けさを好みます。
二つのどちらに大きな価値が置かれるか、それは私たちの社会的な条件づけに大きく依存します。それは文化や家族によって決まるのです。
ある文化は人生の非合理な側面を重要とみなしますが、他の文化では合理的、実用的な側面が重んじられます。
歴史的に見れば、インド、日本、中国の人たちは間違いなく前者のタイプでした。美しいもの、優雅なもの、精神を高揚させるものを愛好しました。もちろん、今日では極性が変化して、彼らは以前よりお金やテクノロジーに興味をもつようになりました。
ヨーロッパやアメリカは、少なくとも歴史的に見ると、いつも物質的な豊かさ、領土を拡張することに大きな価値を見出してきました。例えば、大英帝国の植民地がそうです。そして今まさに、変化の兆しが見られます。
ですから、芸術や音楽、文学や宗教に価値を見いだす文化に生まれた人は、より女性的な視点を発達させて、含蓄のないことや、愛や精神に結びつかないことは、彼らにとっては無価値なのです。
もう一方の人は、お金やテクノロジーに価値をおく社会に生まれて、実用性がないことや、具体的でないことには価値を見出しません。
また家族が決定要因になって、一方より他方の側面が優先されることもあります。父親が何かのビジネスを経営していれば、息子は影響を受けて同じ道を歩みます。母親が音楽家なら、子どもたちは情操を高めるものを尊び、重要とみなすようにしつけられます。
これらの質問から、人生では二つのパートが平等に表現されないこともある、ということが明らかになってきます。たぶん質問に答えている時点で、あなたもそのことに気がついていたでしょう。第七の質問で、一方が十分な余裕があると答え、もう一方が十分な余裕がないと答えることもあるのです。
ほかにも考慮しなければならないことがあります。一方が長年にわたって支配的だったとき、もう一方は平等な表現への望みをすっかり失っているかもしれません。信頼と自尊心が失われると、その弱い部分は閉じてしまいます。こうしたケースでは、その閉じた部分の自発的な表現を見ることはもはやできないでしょう。でもこの状況は修復が可能です。
その修復は努力しなくても自然に起こります。
たいてい何かがうまくいっていないと感じるとき、私たちはそれを正そうとします。何かをやってみます! そして努力すればするほど、いっそう混乱が深まっていきます。
この本はまったく新しいやり方を提案しています。自分の男性と女性のエネルギーを人生のあるべき場所へと落ち着かせるのです。そうなったら、あなたの内側には愛と充足感がわいてきます。何かが果たされていないという緊張感が解消されます。なぜなら両方のパートが今までずっと欲しかったものをお互いから受け取るからです。











