分裂はマインドによって生じている

「下もまた、上のごとく」という古い諺
──またはその逆──は
神秘主義におけるもっとも基本的な真実をひとつ含んでいる
それは、上もなく、下もない、存在はひとつだということだ

分裂はマインドによって生じている
存在に分裂はない

分裂は私たちがつくり出す投影であり
私たちがあまりにも分裂と同化してしまうために
全体とのつながりを失ってしまう

私たちのマインドは
広大な宇宙に向けて開かれた小さな窓にすぎない

ところが、いつもその窓から眺めていると
窓枠が外界の空を区切ってしまう

空に枠などないのだが
──空は枠なしだ──
あなたが見るかぎり
窓枠が存在の枠になってしまう

ゴールド・ナゲッツ

最近は脳科学についての研究が盛んです。

コンピューターの発達によって、コンピューターが人間の頭脳の代用をするのではないかということで、人工知能の研究も盛んになされています。

計算能力や記憶能力においてはコンピューターはすでに人間の頭脳をはるかに上回っています。

もうすでに、iPhoneなどではSiriに話しかけると答えてくれますし、自分でコンピューターの操作ををしなくても、話しかけるだけで代わって操作して知りたいことに答えてくれたりもします。

思考能力においてもすでにチェスのチャンピョンを打ち負かしていますし、将棋においてもプロ棋士と互角に勝負するようにまでなっています。

私の棋力ではコンピューターにはとうてい太刀打ちで来ません。

SONYからAIBOが出て、犬の動作をしてくれるコンピューター犬が出て一世を風靡しましたが、今や人間と同じように動作をするコンピュータが現れ、人間と簡単な会話するようにまでなってきています。

今ではどこまで人間と同じような会話ができるかということが研究されています。

車なども、以前はスピードを競っていましたが、現在は安全性がアピールされ、数年以内の近未来では、人間に代わってコンピュータが人間に代わって運転する日も近いという報道がなされています。

つまり、マインド(頭脳)の働きにおいては、コンピューターはどんどん人間に肉薄しつつあります。

しかし、どんなにコンピューターの頭脳が人間に肉薄したとしても、コンピューターそのものが人間のプログラムに従って動作するものである以上、その人間の作ったプログラムを超えることはできません。

そこで、コンピューターがその人間の作ったプログラムを超えて、自分で思考し、考えることができるのか、ということの研究がなされはじめています。

そして仮に、そのコンピューターが人間と同等の思考力を持ったとしても、コンピュータは次のようなマインドの限界を超えることはできません。

私たちのマインドは
広大な宇宙に向けて開かれた小さな窓にすぎない

ところが、いつもその窓から眺めていると
窓枠が外界の空を区切ってしまう

マインドはこの広大な宇宙の存在そのものを明らかにすることはできないのです。

物理的に解明されている宇宙は5%にも満たず、宇宙は私たちには未知なるダークマターやダークエネルギーに充たされるというのです。

私たちがマインドの中にとらわれている限り、この広大な宇宙そのものの存在を知ることはできない宿命にあるようです。

このOSHOの言葉を見て思い出すのは、OSHOのこの絵です。

この絵を見ていると、私たちはこの小さな窓から存在を見ることができるだけで、その背後には未知なる神秘が横たわっているのです。

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