真のサニヤシン

サニヤシンになる(Oshoの弟子になる)のは人それぞれのプロセスと理由があります。

とはいえ、その本当の理由は誰にもわかりません。

Oshoに言わせれば、弟子はマスターを選ぶことはできないのだそうです。

なぜなら、マスターは悟った存在(目覚めた)であり、弟子はまだ目覚めていないのだから、眠った状態(目覚めていない状態)で選ぶことなどできない、と。

まぁ、言われてみれば理屈はその通りです。

それは出会いとタイミングで、私も弟子になるつもりはなくて、ただOshoという人物に会いたくて会いに行っただけなので、まさか自分が弟子になるとは思っていませんでした。

最近はビジネス世界ではメンターという言葉が流行っているようです。

メンターという語そのものはホメーロスのオデュッセイアに登場するメントールの名から採られたそうです。

メンターというのは仕事上(または人生)の指導者、助言者の意味で、企業においては新入社員などの精神的なサポートをするために専任者をもうける制度をメンター制度と呼んでいるようです。

メンターと呼ばれる指導者が、対話による気づきと助言による被育成者たるプロテジェないしメンティーと関係をむすび自発的・自律的な発達を促す方法をメンタリングと言っています。

歴史的に有名なメンターとプロテジェには、ソクラテスとプラトーン、プラトーンとアリストテレスという例が挙げられています。

それはともかく、マスターというのは究極のメンターのようなものです。

マスターは弟子から見れば、究極の人生の目的、姿を体現している人で、マスターはその弟子の鏡となって、意識の究極の開花を見せている存在だと言えるでしょう。

どうして人類がこの世に出現したのか、人間として生きている目的は何なのか、人類の進化の意味とは何かを考えると、「目覚める」「悟りを得る」ということが進化の究極の姿のように私には思われます。

なぜなら、仏陀の悟り「意識の目覚め」こそが人間の意識の究極の進化だと思われるからです。

そのように考えると、私たちがこの地球に生まれてきた目的も、自己の意識を進化させることだ、ということになります。

なぜこの宇宙が人類を誕生させたのか、ということを考えたとき、江戸時代に活躍した弁栄聖者は「この宇宙が自分を見るために人間を創り出した」という意味のことを語っています。

つまり、人間の意識の究極の目覚めが起きたときは、宇宙の意識が目覚めるように感じるかのように思われます。

そのとき宇宙の意識も目覚めて、自己を認識するのです。

私たち人間はエゴ(自我)が目覚めたときに、宇宙と自我が分離します。

そのとき小さな自我は、自分は宇宙とは別個の存在だと認識するわけです。

小さな自我としての意識が目覚める前には、幼児の意識は存在とひとつであり、両親とも一つです。

そこには自他の区別はなく、すべてが一つの存在なのです。

自我が目覚めるとともに、両親や宇宙と分離した自己(自分という意識)が出現し、その宇宙とは分離した自己を生存させるために、私たちは多くの問題を作り出し、生存のために苦悩します。

実存主義などは、このエゴとしての存在の苦悩を哲学にしたようなものだと私には思えます。

それはともかく、私たちは存在(宇宙)の中に生まれ、存在に生かされている存在にもかかわらず、自我の目覚めとともに、宇宙とは敵対する存在になり、自我を生存させるためには自然を克服し、自然を破壊してでも自然を利用し、他者と競争し、生き延びなければならない存在として自己を認識します。

しかし実際はその存在(宇宙)は、私たちが生まれ出てくる源であり、私たちが帰っていく源でもあるのです。

それは私たちの肉体についても同じことです。
私たちの肉体も結局は死ぬともとの宇宙に戻っていきます。

意識についても同じことが言えます。
瞑想の中では自我は解消し、宇宙とひとつとしての意識に戻っていきます。

Oshoのサマーディ(墓碑)には、
「生まれることもなく、死ぬこともない。
 1931年12月11日から1990年1月19日まで
 この地球を訪れた」

(Never Born, Never Died.
 Only visited this earth between
 Dec.11 1931 to Jan. 1990)

という言葉が書かれてあります。

宇宙人がこの地球を訪れたかのようなメッセージですが、意識としての肉体が、この地球に存在し、再びその肉体を離れて意中の意識に戻っていった、というふうにも読めます。

悟りを得て、本来の意識が目覚めたとき、その宇宙の意識にも気づく(目覚める)のです。

Oshoが語る「レット・ゴー」(Let go)という言葉にはさまざまな次元があり、さまざまな意味があります。

Oshoは「レット・ゴー」という言葉はこの世に存在する最も大切な言葉の一つだとも語っていますが、真のサニヤシンというのは、そのレット・ゴーの真の意味を探求する者なのかもしれません。

それでは、「一万人のブッダたちへの百話」「真のサニヤシン」をお楽しみください。

ちなみに、

私がOshoの右側に立った瞬間に、チャイタニヤ・バルティがカメラのシャッターを押しました。この写真は私にとって本当の宝物です。

とジョティは書いていますが、その写真もこの「一万人のブッダたちへの百話」の本には掲載されています。

その写真の日付は「1970年9月」と記されています。

ジョティは語ります。

「 Oshoの部屋を出ると、手にカメラを持って立っているチャイタニア・バルティに会いました。バルティに、講話の後でOshoと一緒にいるところを写真に撮って欲しいと依頼すると、引き受けてくれました。

講話が終わったら、Oshoのところまで行くからそこまで来て欲しいと言いました。

ポーディアムのそばの床の上に腰を下ろし、目を開じました。

あの「そうなのか」のスペースの訪れです。自分には何が起こっているのか見当もつきません。

4、5百人の人たちが、物音ひとつしない沈黙のなかでマスターを迎え入れようと待っています。

しばらくしてOshoの臨在がすぐ近くにあるのが感じられ、目を開けました。

Oshoは私の目の前で、手を合わせて友人たちに挨拶をしながら立っています。

私は尽きることのない渇きを癒そうと、もう一度Oshoの顔を見上げました。

Oshoはあらゆる内容の質問に答えながら、二時間近くも語りました。

講話の終了後、Oshoに向かって歩いていって「Osho、一緒に写真を撮らせて頂きたいのですが」と申し出をしました。

Oshoは快く同意してくれました。私がOshoの右側に立った瞬間に、チャイタニヤ・バルティがカメラのシャッターを押しました。

この写真は私にとって本当の宝物です。

デリーから郵便で届けられたときにはOshoに見せにいきました。

Oshoはその写真をしばらく見つめると、その上に

すべてをレット・ゴーする者こそ、真のサニヤシンだ

というメッセージを添えてサインをしました。」

 

今日はここまでにします。

えたに