
あなたはプラシーボ
思考を物質に変える
目 次
序文 ー ドーソン・チャーチ博士 007
はじめに 覚醒 014
序章 思考を物質に変える 035
<第一部〈情報〉>
第一章 そんなことがありえるの? 051
第二章 プラシーボの歴史 081
第三章 脳内のプラシーボ効果 117
第四章 体内のプラシーボ効果 157
第五章 思考がどのように脳と体を変えるか 189
第六章 被暗示性 215
第七章 捉え方→信念(思い込み)→認識 263
第八章 量子意識 297
第九章 3つの個人変容の物語 321
第十章 情報から変容へ あなたはプラシーボという証 371
<第二部〈変容〉>
十一章 瞑想の準備 421
第十二章 思い込みや現状認識を変える瞑想 445
おわりに 超自然になる 471
付録 思い込みと認識を変える瞑想台本 477
序 文
彼を愛する多くのファンの一人として、私もディスペンザの斬新な考えに触れる 機会を楽しみにしている。確かな科学的裏づけと刺激的洞察の融合により、ジョー は既知領域の限界を超え、私たちにできることを拡大してくれる。科学者以上に科 学を重視し、本書で彼は後成的遺伝学、神経可塑性、そして精神神経免疫学の最前 線情報を駆使して論理的帰結を推論してみせる。
こうして引き出された結論には目を見張るものがある。あなたを含む、人は皆自 分の心によぎる思考と感情、意思、そして変性意識での経験により自分の脳をつくっ ている。『あなたはプラシーボ』は、その知識を活用して読者が新しい体と新しい 人生を創造する方法を指南する。
本書は精神論や抽象論ではない。ジョーは思考から始まる一つひとつの連鎖が生 物学的事実(たとえば血中の幹細胞や免疫力を向上させるたんぱく質分子の数値上 昇など)へと至る過程について解説している。
ジョーはまず、自分の脊椎の椎骨6個がつぶれた事故の話から語り始める。突然 訪れた極限状態の中で、ジョーは自らの理論、つまり人の体には奇跡的に自らを癒 やす内的叡智が存在するという自論を実践しなくてはならない状況に直面する。そこで彼は自らを律し、脊柱が自力で回復していく様子を視覚化したという過程と彼 の強い決意には深い感銘を受ける。
私たちはいつでも奇跡のヒーリング、自然寛解のストーリーに感慨をもつものだ が、本書でジョーが示すのは、その手の軌跡の癒やしを起こす力を、私たち全員が 持っているという話だ。再生は私たちの体に組み込まれた機能であり、劣化や病変 は例外的事象、つまり自然に起きることではないという。
私たちの体がどのようにして再生するのかがわかるようになると、その生理的過 程に意志の力を載せられるようになる。ホルモンが細胞を合成し、たんぱく質を生 成し、神経伝達物質が稼働し、神経経路を辿 たど って信号を届けるようにと、促せるようになる。静止した解剖学情報と異なり、私たちの体はコンマ一秒単位でダイナミッ クな変化にさらされている。脳内では毎秒せわしなく神経細胞同士の連結が作られては消滅したりと、絶えず湧きかえっている。ジョーは私たちが自らの体という乗り物の無力な乗客としてではなく、全権を有する所有者であり運転者の立場で、自らの望む方向に向けて、これらの体内の働きをコントロールできると教えてくれる。 神経細胞の結束数は刺激を繰り返すことにより倍増するという一九九〇年代の発見は生物学界に革命を起こした。神経精神科医エリック・カンデルはこの発見でノー ベル賞を受賞した。カンデルのその後の研究によると、神経細胞の結束は三週間使 われなければ解体が始まるということだ。したがって、私たちは自らの脳内の神経ネットワークを通過する信号を操作すれば脳内回路を再構築できる。
カンデル等が神経可塑性を証明した同じ九〇年代に、私たちの遺伝子のほとんどが変更可能であると発見した科学者もいた。つまり遺伝子の 75 ~ 85 %が、環境か らの信号によりスイッチがオンやオフになるということだ。(ここでいう環境とは、 体外環境だけでなく脳内によぎる思考や信念、感情という体内環境を含んでいる。)
遺伝子の一形態、前初期遺伝子(IEG)はその発現が最大になるまでにわずか 三秒しかかからない。そのIEGのほとんどが他の数百の遺伝子発現(訳注:遺伝子か らたんぱく質がつくられること)や、体内各拠点で生成される数千種類のたんぱく質をコ ントロールする調節遺伝子だ。このように影響力が強くスピードもある変化は、本 書でこれから読むことになるいくつかの画期的な寛解の裏づけとなるだろう。
ジョーはこの変化に及ぼす感情の役割を完璧に把握している希少な科学分野の著 述家の一人だ。ネガティブ感情を抱くと、私たちが体内に分泌するコルチゾールや 9 序 文 アドレナリンといったストレスホルモンへの文字通りの依存症を引き起こす。これ らのストレスホルモン、そしてDHEAやオキシトシンといったリラックスホルモ ンにはある基準値があり、普段の考えや信条を逸脱した思考を脳内でめぐらすとホ ルモンバランスの基準値を超え、皮膚がぞわぞわとしてくることからもわかる。こ の概念は依存症や渇望のメカニズムを科学的に解明する試みの最前線となって いる。
人は内面の状態を変えることにより、外界の現実を変えることができる。ジョー は人の脳の前頭葉で生まれたある意思が、神経ペプチドと呼ばれる神経伝達物質に よって体中に信号として届けられ、遺伝子のスイッチのオン・オフが行われるとい う一連の流れを巧みな筆致で解説してくれる。その過程にかかわる化学物質の一つ、 オキシトシン(別名抱擁ホルモン)は、ボディタッチで刺激され、愛と信頼の感情 とつながっている。練習すれば誰でもすぐに、ストレスホルモンとリラックス・ヒー リングホルモンの基準値を調節できるようになるだろう。
思考に感情を載せるだけでヒーリングを起こせるという概念は、初めは違和感が あるかもしれない。実際ジョーのワークショップでこの概念を実践した参加者の変化(腫瘍の自然寛解、車椅子の参加者の自力歩行、重度の片頭痛の解消など)を見 るまでは、ジョー本人ですら予測しなかったことだ。開かれた素直な心と子供が遊 ぶように自由な実験に臨む姿勢で、人々が自らに起きるプラシーボ効果を本気で信 じて応用したらいったいどれほど劇的なヒーリングが瞬時に起きるだろうと考えながら、ジョーは既成概念の枠を超えていく。本書のタイトル、『あなたはプラシーボ』 は、あなたが日々巡らす思考や感情、信念があなたの体内の生理現象の連鎖を生み出しているという事実を反映したものだ。
この本を読み進めると、ときとして不快に感じられることがあるかもしれない。 それでも読み続けてほしい。不快感の正体は必然の進化に抵抗するあなたの古い自 我であり、古い自我にとって快適なホルモンバランスの基準値を超えているという サインなのだから。その不快感は、古い自我が解体する際 さい の生理現象だとジョーは 断言する。
ほとんどの人は、人体の複雑な生体作用について学ぶ時間も忍耐力も持ち合わせ ていない。本書はそういう人々のために書かれている。ジョーは自然寛解を起こす 生体の変化を深く掘り下げ、分かりやすい言葉で解説してくれる。ジョーは見えな いところで困難な仕事を引き受け、私たち読者はエレガントでシンプルな解説の恩 恵に浴す。ジョーは類推や実例を用いて最新の科学の発見をどのように私たちの日 常に取り入れればいいかを具体的に示し、真剣に実践する人に起きる劇的な体のブ レークスルーについて語る。
ジョーが指南し、実践している分野について、新しい世代の研究者たちは“ 自己操縦型神経可塑性(SDN)"という造語で表現する。この造語の背後にあるのは、 私たちは自らの経験の質次第で古い脳内神経回路を解体し、新しいそれを形成でき るという概念だ。私はSDNが自己の変容と次世代の神経生物学にとって最も意義 深い概念の一つとなることを確信している。本書は、その潮流の最先端に位置づけ られる。
本書第二部の瞑想実践編では、難解な抽象論が具体的な形へと変容する。これらは一人で簡単にできる瞑想で、自らプラシーボとなることで開かれる拡張現実を、 臨場感たっぷりに経験できる。ここでのゴールは、自分の生き方についての思い込 みや不都合な認識を体の組成から書き換えることにより、ひと言でいうと愛すべき 未来の自分を具体的現実に変えることにある。
あなたの限界を超えていき、想像を超える健康と才能の開花へと誘う魅惑的な旅 に、共に踏み出そう。その過程に身を委ね、あなたを枠に閉じ込めてきた古い思考 や感情、それらが作る生理的基準点を解体するというチャレンジをしても、あなた が失うものは何ひとつない。あなたが持って生まれた潜在能力をフルに発揮できると信じ、インスピレーションに導かれた行動をとれば、あなたはあなた自身と地球 にとって、最良の、幸福で健全な未来を生み出すプラシーボとなれるだろう。
ドーソン・チャーチ博士
“ The Genie in Your Genes ”著者
はじめに
覚 醒
今私がしていることはどれをとっても、私の計画ではなかった。現在の講演者、著者、研究者としての仕事のほうが私を探し当てたのだ。世の中には、覚醒するために目覚まし時計を必要とする人々がいる。一九八六年、私の目覚まし時計が鳴った。あれは美しい南カリフォルニアの、四月のある日のことだった。パームスプリングスで開催された鉄人レース(トライアスロン)の競技中、私はSUVに轢(ひ)かれるという名誉に預かった。その瞬間、私の人生は変わり、それまでとまったく違う旅が始まった。当時私は23歳で、カリフォルニア州ラホーヤでカイロプラクティック・クリニックを始めてまだ日が浅い頃だった。私はこの競技のために何か月もトレーニングを積んでいた。
水泳競技が終わり、自転車競技の最中に事故は起きた。私は難しいカーブに差しかかり、そこは一般車両が合流する場所だと知っていた。こちらに向かってくる車両に背を向けた警察官が、私に右に曲がり、コースを進むよう手で合図をした。私は競技に全力で集中していたので、警察官から目を離すことはなかった。そのカーブで競技中の自転車を数台追い越した時、時速55マイル(約90キロメートル)で背後から迫ってきた四輪駆動の赤いブロンコが私の自転車に追突した。次に覚えているのは、空中に放り出されたこと。そして背中から地面に叩きつけられたことだった。55マイルというスピードと、運転していた老婦人の反射神経の鈍さから、SUVはまたも倒れた私に迫ってきた。そして私はバンパーにぶつかった。私はSUVに轢(ひ)かれ、車体とアスファルトに挟まれて体がつぶされないように素早くバンパーをつかんだ。こうして運転手が事故にようやく気づいて停車するまで、私はしばらく道路を引きずられた。老婦人が急ブレーキをかけた時、私は反動で20ヤード(約18メートル)ほど飛ばされた。
今でも自転車が軋(きし)む音や、通りがかった競技者の恐怖におののく悲鳴や不敬の言葉が脳裏にこだまする。道路に倒れた私を見て、彼らは止まって助けるべきか、そのまま競技を続行すべきか迷い、私はただなすすべもなく横たわるしかなかった。
事故後すぐに分かったのは、背骨の椎骨を6個骨折したことだった。胸椎8,9,10,11,12番と腰部1番の圧迫骨折で、患部は肩甲骨から腎臓までにわたっていた。椎骨とは背筋に沿って積み上げられている背骨の一単位のことで、あの勢いで地面に叩きつけられたため、私の椎骨は衝撃で圧縮破砕してしまったのだ。骨折した中で一番高い位置にあった胸椎8番の損傷は60%を超え、神経弓(脊髄を包み保護している輪)はプレッツェルのように押しつぶされていた。椎骨が圧迫骨折を起こすと、砕けた骨の破片はどこかに行くことになる。私の場合、粉々になった破片のほとんどが脊髄に収まった。それはどう見積もってもよくない兆候(ちょうこう)だった。
翌朝目覚めた私は悪夢のただなかにいるような気分だった。多種多様な痛み、程度の異なる麻痺、焼けつくようなひりひり感、足の無感覚、そして悪夢も覚めるほど体を動かせなくなっていた。
血液検査、X線、CTスキャン、MRIといった検査の後、整形外科医は検査結果を示しながら重々しく私に言った。脊髄に入ってしまった骨の破片を鎮(しず)めるには、ハリントンロッドを埋め込む手術が必要だということだった。それはつまり損傷部分の上と下から背中を数か所切り開き、12インチ(30センチメートル)のステンレス鋼の添え木を背骨の両側に一本ずつネジで骨に固定させるという手術だ。次に私の骨盤から骨を少し削り出し、ステンレスの添え木の上に貼(は)りつける、という術式だ。それは大手術にはなるが、少なくとも再び歩けるようになるという希望を宿している。それが成功したとしても何らかの身体障害は残り、慢性的な痛みが一生続くだろうと思われた。言うまでもなく私はそんな選択肢はご免だった。
とは言え手術を拒否すれば麻痺(まひ)は避けられない。最初に診断した外科医の見立てに賛同した、パームスプリングス界隈(かいわい)で最も権威のある神経外科医には、彼の二七年間の経験の中で、私ほどの重傷患者が手術を拒否したことは一例もないと言われた。事故の衝撃により私の胸椎8番はつぶれて楔型に変形したため、立ち上がろうとしても背骨が体重を支えることができない。背骨は崩れ、粉々になった椎骨の破片はさらに脊髄の奥深くに入り、即座に私の胸から下全部に麻痺を起こすだろう。この選択肢も魅力的とは到底思えなかった。
私は自宅により近いラホーヤの病院に転院し、そこで南カリフォルニア屈指の整形外科医を含む、二人の医師の意見を聞かされた。案の定二人ともハリントンロッド手術が必要だと言った。医師の診断はどれも一貫したもので、手術をしなければ麻痺が起こり、一生歩けなくなるだろう、という見立てだった。この状況で、もし私が医師の立場で患者に提案するとしたら、恐らく同じことを言っただろう。それが最も安全な選択肢だからだ。しかし私はその選択をしなかった。
当時の私はまだ怖れを知らない若者だったからかもしれないが、私は医療モデルの最善策や専門家の提言には従わない選択をした。私たち一人ひとりのなかには生命の源泉としての叡智、目に見えない意識が内在している、と私は信じている。その存在は今この一瞬も絶え間なく私たちを支え、維持し、保護し、癒やしの力を注いでいる。それはたった二つの細胞から一〇〇兆個に及ぶ特殊化した細胞を生み出し、毎日一〇万回を超える心拍数を維持し、毎秒各細胞のそれぞれに数十万種類に及ぶ化学反応を組織し、他にもたくさんの驚異的な機能を持っているという存在だ。あの時、私が考えたのは、もしこの叡智が本物で、それがもつ驚異的な能力を、意図的に注意深く、愛情を込めて発揮したら、恐らく、関心を外界から逸らし、それとつながり、絆(きずな)を結べるのではないか、ということだった。
人の体は自力で治癒する力を持っていると頭ではわかっているものの、真のヒーリング体験を創造するために、その知識を次の段階、そしてさらにその先へと進めるには、私の知っている考えの一つひとつを実践しなくてはならなかった。どっちみち私はどこにも行けないし、うつぶせに寝ているしかなかったので、二つのことをやろうと決めた。第一に、毎日私のすべての意識を内なる叡智に振り向け、それに向かって私の計画と構想、ビジョン、そして極めて具体的な指示を語り、次に無限のヒーリングパワーを持つこの大いなる意識が私を癒やしてくれるように我が身のすべてを委ねた。そして第二に、私が経験したくないようなことがほんのちょっとでも意識に上ることがないようにした。簡単そうだろう?
前衛的決断
医療チームのアドバイスに逆らい、私は救急車で病院を出て、二人の親友の住む家に運ばれた。そこで私は、三か月にわたり自らのヒーリングに専念した。私には使命があった。椎骨を一つずつ再生し、背骨を元通りにするべく毎日取り組む様子を大いなる意識に示し、その存在が、私の努力や望みに注目しているかどうかを調べるという使命が。これをするには、徹頭徹尾そこにいる必要があるとわかっていた。つまり今という時間にとどまり、過去について考えたり、後悔したり、未来を憂えたり、外界での自分の境遇について考えたり、あるいは身体的苦痛や症状に心を奪われたりしないということだ。
相手が誰であれ、ある関係を築くにあたり、相手がそこにいるかいないかはすぐにわかる。そうだろう? 彼らは私たちに注目している。なぜなら、意識とは気づきで、気づきとは注目すること。注目することとは、今という時間にとどまり、注意を逸らさないことだからだ。したがって、大いなる意識は、私が今という時間にいるかいないかに気づくだろう。大いなる意識と交信するとき、私は完全に今にとどまっていなくてはならない。私の存在は大いなる意識と同じでなくてはならない。私の意思も意識も、大いなる意思と意識と調和していなくてはならない。
私は一日1~2回、2~3時間かけて内面に入り、望む結果である、完璧に癒やされた背骨を心の中で創造しはじめた。当然ながら、自分がいかに無意識で過ごしてきたか、集中できないかに気づかされた。これまで危機や心的外傷が起きると、人は起きてほしいことではなく、起きてほしくないことに注目し、多くのエネルギーを注いできたことにも気づいた。それは何とも皮肉なことだ。初めの数週間の間、私はたびたび起きるこの傾向に罪悪感を覚えながら過ごした。
背骨が全快した理想の日々を瞑想でイメージしている最中、私は唐突に数週間前に医療チームに言われたこと――もう恐らく一生歩けないだろうということ――について無意識に考えていることに気がついた。心の内面で背骨の再建をしている最中に、カイロプラクティック・ビジネスの廃業について考えている自分がいたのだ。再び歩けるようになった自分のメンタル・リハーサルを一歩ずつ進めている矢先に、車椅子で一生を送るとはどんな人生だろうかと考えている自分に気づく――と言ったらお分かりだろうか。
注意が逸(そ)れて心が違う方向に彷徨(さまよ)いはじめるたびに、私はゼロからメンタル・リハーサルをやり直すようにした。それは退屈でフラストレーションのたまる過程で、はっきり言って私が人生で直面した最も困難なハードルの一つだった。しかし私の中の観察者が見る、私が最終的にたどり着くべきイメージは一点の曇りもなく鮮明で、一瞬も途切れることがあってはならないと考えた。大いなる叡智が私の望み(可能であると信じていること)を実現するためには、初めから終わりまで意識を逸らすことなく(無意識にならず)、今という時間にとどまっている必要があった。
六週間にわたり自分と闘い、大いなる意識と一体になるための努力を重ねた結果、私は途中で挫折(ざせつ)して初めからやり直すことなく、心の内面で理想のイメージを再建するプロセスをようやく終えることができた。それが初めてできた日のことを今でもよく覚えている。例えるなら、テニスボールがラケットのスウィート・スポットに命中したような手応え――何だかわからないが、正鵠(せいこく)を得たという納得感だ。はまった! どんぴしゃだ! そのとき、私は完成形で、満足していて、欠けているものが何もなかった。私はそのとき、初めて心からリラックスしていて、心と体が今という時間にすっぽり収まっていた。心には雑音が一切聞こえず、分析も思考も執着も努力もなく、ただ浮揚(ふよう)した感覚があり、そこには独特の平和と静寂があふれていた。それを表現するなら、私の過去や未来の気にするべきことどもなど、もはやどうでもいいことだと思えるような感覚だ。
その気づきは私の旅の礎(いしずえ)となった。ちょうどその頃から、瞑想で背骨再建のビジョンを創造するにつれ、日に日に体が楽になっていった。特記すべきは、結構な規模で生理的な変化が起きたことだ。心の内面で背骨再建という変化を起こし、それと外面つまり体に起きていることを連携させている時間に劇的な変化が起きたのだ。その連携ができた瞬間、私は一層の集中力と信念を傾けて理想のイメージを創造した。それを何度も何度も繰り返した。その結果、それまでのおぞましいほどの苦痛と努力の連続と打って変わって、繰り返してやるほどに喜びとインスピレーションが湧いてくるようになった。そしてある日突然、イメージを作り上げるのに2~3時間かかっていた瞑想が、もっと短い時間で到達できるようになった。
私には時間がいくらでもあった。そこで私はまた以前のように水辺で沈む夕陽を眺めたら、お気に入りのレストランで友人とランチをしたら、どんな気持ちがするだろう、などと思い描くようになった。そしてもしそれらが実現したら、もうどんな些細なことでも、それが当たり前の時間だとは決して思わないだろうと考えた。私は心の中でシャワーを浴び、顔や体に当たる水の心地よさを詳細にイメージした。また想像の中で便座に座り用を足し、サンディエゴのビーチを散歩しながら顔をなでる潮風を感じたりした。事故にあう前の私にとって、これらはどれも取るに足らないことだったが、今はどれも意味がある。私は時間をかけて一つひとつの経験を、深い感慨を持って想像の中でリアルな体験として再現していった。
当時の私は自分が何をしていたのか知る由(よし)もなかったが、今は違う。私は量子場に存在している未来の可能性について考え始めていたのだ。そして感情を込めて一つひとつの経験を味わっていた。私は現在にとどまりながら、起きてほしい未来の出来事を意図的に選択し、それが実現したら抱くであろう高揚感を合体させていた。その時、私の体は実際に未来のその場にいて、その経験をしているのだと感じ始めた。望む未来を観察する力が研ぎ澄まされていくにつれ、私の体内の細胞が自己再編を始めた。私は新しい遺伝子に新しいやり方で発現を促(うなが)し、私の体は本当にそれを機に劇的に回復していった。
当時の私が習得したのは、量子物理学の基本原理のひとつだ。つまり、意識と物質は別々の要素ではなく、意識、無意識にかかわりなく、私たちが抱く思考と感情は、私たちの運命の青写真だということだ。忍耐強く、強い信念をもって、集中力を切らさずに未来の可能性を顕現させる力は、私たちの意識の中にあり、無限の可能性を秘めた量子場の大いなる意識の中にある。潜在的に存在する未来の現実が何であれ、物理次元に顕現させるには、個人的・普遍的な二つの意識が協同体制になくてはならない。そのとき、私たちは人種や性別、文化、社会的地位、教育や宗教的信条の区別なく、また過去の過ちすら関係なく、誰もが神なる創造者なのだと私は理解した。私はそのとき、生まれて初めて、心から神の祝福を感じた。
私は自分のヒーリングについて他にも重要な決断をした。食事内容、エネルギー・ヒーラーの友人による訪問、そして入念に練られたリハビリテーション・プログラムを含む壮大な治療計画を作った(詳細は前作の“Evolve Your Brain”に書かれている)。しかしあの当時、何にも増して大事だったのは、自分の中にある叡智とつながることであり、その意識を通じて自らの体を癒やすことだった。
事故から九週間半で、私は再び歩けるようになり、かつての生活を取り戻した。添え木やギプス、外科手術に頼ることなく、私は完全に回復した。一〇週間後、私はカイロプラクティックの患者の治療を開始し、一二週間後にはリハビリを続けながら、トレーニングとウェイト・リフティングを再開した。そして今、事故から三〇年が過ぎようとしているが、あれ以来背中に痛みを感じたことは、正直一度もない。
本格的な研究開始
しかし私の冒険はそこで終わらなかった。私が事故以前の自分に戻れなかったとしても驚くには当たらない。私はいろんな意味で変化した。あの経験を通じて、私は周囲の誰一人として理解できないような現実を悟り、覚醒した。友人の多くに共感できなくなり、私は事故以前の人生には戻れなかった。以前の私にとってとても大事だと思っていたことが、まったくどうでもよくなり、私の頭は抽象的な疑問でいっぱいになった。「私はいったい誰だろう?」 「この人生の意味とは何か?」「私はここで何をしているんだろう?」 「私の使命とは何だろう?」 「神って何? 誰のこと?」などなど。私は早々にサンディエゴを発ち、米国西岸北西部に引っ越し、最終的にワシントン州オリンピア付近でカイロプラクティック・クリニックを開業した。しかし初めのうちはほとんど隠居生活のように世間から離れ、スピリチュアリティの勉強に没頭した。
そのうち私は、自然寛解に強い興味を持つようになった。自然寛解とは、回復の見込みのない、あるいは助からない重病や症状を、外科手術や投薬といった古典的な医療の介入なしに完全に治癒することを指す。事故直後のあの長く孤独な、眠れない夜に、私は大いなる叡智に対し、こんな約束をした。「もし私が再び歩けるようになった暁(あかつき)には、残りの人生のすべてを、心と体のつながり、意識が物質に及ぼす作用についての研究に捧(ささ)げよう」と。それから現在までの約三〇年間をかけて、私はそのとおりやってきた。
私は世界各地を旅し、重病と診断されて、古典的医療や代替医療を受けて、効果が得られず、または悪化していき、ある日突然回復した、という多くの人々のもとを訪ねた。私は彼らに話を聞き、彼らの経験の中に共通するものを探り、何が彼らを回復させたのかについて理解し、それを文章にまとめたいと思った。私にはサイエンスとスピリチュアリティの融合という命題に対する情熱があったからだ。こうしてわかったのは、奇跡的に重病を克服したどのケースにも、意識の要素が強くかかわっていることだ。
私の内なる科学者はわくわくと落ち着かなくなり、好奇心に火がついた。私は大学に戻り、神経科学の最先端の講義を受けたりするようになった。そして大学院で脳画像、神経可塑性、後成的遺伝学、精神神経免疫学などを学んだ。こうして私は、人々がどのようにして全快したかを知り、意識を変えることのサイエンスのすべてを学んだ(と、少なくとも思っていた)のだから、それを再現できるはずだ、と考えた。病気に悩む人々も健康な人々も、身体的健康だけでなく、人間関係、仕事、家族、そして人生全体の改善を目指す人々に応用できるはずだ、と。
そして私は二〇〇四年のドキュメンタリー映画、“What the Bleep Do You Know!?”に登場する一四名の科学者や研究者の一人として招かれた。この映画は一夜にして一大センセーションを巻き起こした。この映画は、科学者たちを招き、現実とは何かという質問をして、それらを実際にやってみて、本当か否かを試す、あるいはより正確に言えば、その概念が物質化するかを検証するという内容だった。それは世界中の人々の話題に上り、そこで扱われた概念が広まった。その反響の結果を受けて、私の処女作である“Evolve Your Brain: The Science of Changing Your Mind”が二〇〇七年に出版された。出版後しばらくすると、人々は「それをどうやってやるの? どうすれば意識を変えて、望む人生を手に入れられるの?」と私に訊ねるようになった。そしてしまいには、ほとんどそれしか訊(き)かれなくなった。
そこで私はチームを編成し、全米と世界各地でワークショップを開催し、どんなふうに脳内回路がつくられるかを教え、神経生理学的原理を応用して、思考のプログラミングの仕方を伝授するようになった。当初、ワークショップは単なる情報提供の講義だった。しかし参加者たちはそれに飽き足らず、私はもっと踏み込んだ内容を求められた。そこで情報を相互補完し、相乗効果を及ぼす瞑想を取り入れた。参加者の心と体に変化をもたらすことにより、人生も変化させていくための具体的手順を指導した。世界のあちこちで初級ワークショップを実施していると、人々は私に「その次はどうなるの?」と訊ねるようになった。その結果、私は初級ワークショップの次のレベルの知識を指導した。それが行き渡ると、参加者たちはもっと上のレベルの、上級者向けのワークショップを開いてほしいと要望した。その要望は私がワークショップを実施したほとんどの地域で続いた。
私自身、もう教えるべきことはすべて教えたので、これで終わりだと考えていた。それでも人々はもっともっとと次を待っている。それなら私はもっと勉強して、講義と瞑想の質を高めていこうと考えた。そうこうするうちに、参加者たちが否定的習慣を解消し、以前より幸福な人生を手に入れたというフィードバックがたくさん届くようになり、勢いがついていった。今に至るも、私や私のチームはほんのわずかな変化しか加えていないが、参加者たちは私の発信する情報を愛し、もっと続けてほしいと望んだ。それで私は、要望のある地域に出かけてはワークショップをやり続けた。
最初のワークショップから一年半ほど経った頃、瞑想を習慣にした結果、うれしい変化が起きたという報告メールがいくつも届くようになった。人生に次々と変化が押し寄せたことで、彼らは狂喜していた。それから約一年にかけて届いたフィードバックに、私もチームも感銘を受けた。ワークショップ参加者たちの身体的健康の主観的改善にとどまらず、医学的数値という客観的評価でも改善が確認されたという報告が相次いだ。そこには完全に正常値に戻ったものも含まれていた。この人々は、私が学び、観察し、最終的に“Evolve Your Brain”にまとめたやり方で、身体、精神、感情面を自分の意図する通りに変化・再生させることに成功していた。
人々のそのような変化を目の当たりにしたことは、私にとって信じられないほどエキサイティングな出来事だった。なぜなら、再生産できることはみな、科学的法則によって裏づけられるからだ。彼らのメールは一様(いちよう)にこんな言葉で始まった。「この話を、あなたは信じられないでしょう!」これらの変化は、もう偶然ではなくなった。
その年の少し後で、シアトルで開催された二つのワークショップで続けてすごいことが起きた。一つ目に参加した多発性硬化症の女性が会場に来たときは歩行器具を使っていたが、イベント終了時には自力で歩けるようになった。二つ目では、やはり多発性硬化症に一年間苦しんでいた、左足に麻痺のある女性が参加し、ワークショップ中にダンスを踊り、症状が完全に消えたと宣言した(こういう話は本書で順次紹介していく)。参加者に求められるまま、私は二〇一〇年にコロラドでさらに進化した内容のワークショップを行った。参加者たちはこのイベントの最中に心身の状態の変化を経験した。彼らは立ち上がり、マイクを握ってインスピレーションいっぱいの話を報告してくれた。
その頃、私にはビジネス・リーダーを対象に変化の生態、リーダーシップの神経科学、文化の変容のために個人を変容させる概念といったテーマで、頻繁に講演依頼が入るようになった。ある集団に向けて基調講演をした後、経営者が数名やってきて、私の講演内容を企業変容モデルに応用できないかと持ちかけてきた。そこで私は企業や組織向けに使える八時間コースのプログラムを作った。このコースが大ヒットしたため、ここから現在の企業向けコース、「天才への三〇日プログラム」が誕生した。こうして私は、ソニーエンタテインメント・ネットワーク、ガロ・ファミリー・ヴィンヤード、電気通信企業WOW!(旧ワイドオープンウェスト)、その他、多数のビジネス・クライアントを持つことになった。その先に生まれたのが経営幹部向けの個人コーチング・プログラムだ。
企業向けプログラムへの需要があまりに増加したため、私はコーチング・スタッフのトレーニングを始めた。こうして今では四〇名以上に及ぶ元CEO、企業コンサルタント、心理療法士、弁護士、内科医、エンジニア、博士号を持つ専門職といった、専門家からなるコーチング・トレーナーがいて、世界中の多様な企業に変容モデルを指導している(私たちは現在同じ変容モデルを使って自由にクライアント指導ができる独立コーチの資格認定プログラムを検討している)。自分の未来がこんな展開になるなんて、夢の夢にも思ったことはなかった。
処女作の“Evolve Your Brain”の実践ハウツー編として、二作目の本、『あなたという習慣を断つ――脳科学が教える新しい自分になる方法』(ナチュラルスピリット刊)を著し、二〇一二年に出版した。ここで私は変化の神経科学や後成的遺伝学についてより詳しく解説し、当時の私がワークショップでやっていたステップごとに進める瞑想法を含めた四週間で変化を現実にする方法について書いた。
それからコロラドでさらに進んだワークショップを実施し、そこでは七名の参加者の多様な症例が自然寛解した。そのうちの一例として、さまざまな食物アレルギーのためにレタスしか食べられなかった女性が、その週末に全快したケースがある。他にもグルテン不耐症、セリアック病、甲状腺の不調、重度の慢性疼痛などが完治した。突然人々はそれまで辿ってきた現実から撤退し、まったく新しい現実を創造し、その結果、彼らの健康や人生が極めて劇的に変化するといったことが起きるようになった。それらは私の目の前で起きた。
座学から実践へ
二〇一二年のコロラドでのイベントが私の人生の分岐点となった。人々の幸福感に変化がもたらされるだけでなく、ワークショップでの瞑想を通じて、参加者たちは大々的に新しい遺伝子に新しいやり方で信号を送っているという現実を、私はあのイベントでついに悟った。たとえば全身性エリテマトーデス(訳注:全身に炎症性臓器障害を起こす自己免疫疾患)のような疾病に何年も悩まされてきた人が、たった一時間で改善するという場合、その人の意識と体の両方に何らかの顕著な変化が起きているに違いない。ワークショップ中に何が起きているのかを正確に理解するために、私はその変化を定量的に測定する方法を見つけたいと思った。
そこで二〇一三年初頭、私はまったく新しいタイプのイベントを開催し、ワークショップは次の段階へと進化した。それは二〇〇名以上の参加者を集め、アリゾナで開かれた四日間のイベントで、神経科学者、量子力学者、エンジニアといった研究者たちに、特定の計測機材を用いた測定に参加してもらった。専門家たちはそれぞれの計器を使い、ワークショップ会場の空間の電磁場を測定し、ワークショップが進むうちに会場内のエネルギーが変化するかどうかを調べた。彼らはまたワークショップ参加者の体の周囲の電磁場とエネルギーセンター(チャクラとも呼ぶ)も測定し、空間との相関関係を調べた。
計測にあたり、脳の電気的活動を測定する脳波検査(EEG)、その脳波記録をコンピュータ分析する定量的脳波検査(QEEG)、二つの心拍間の時間の長さのバリエーションと、心臓のコヒーレンス(心臓と脳の間のコミュニケーションを反映する心臓のリズム)を調べる心拍変動(HRV)、そして生体エネルギーの場を測定する気体放電視覚化装置(GDV)といった、非常に精緻な装置が使われた。
人の脳という内的世界で何が起きているのかを探るため、私たちは多数の参加者を対象に、イベント開始前と終了後の脳画像の比較を行った。またランダムに選別した参加者に対し、一日三回実施した瞑想によって脳内にどんな変化が起きるのかをリアルタイムで測定した。このイベントの成果は目覚ましいものだった。パーキンソン病を患っていた参加者は、イベント後に震えが止まった。悲劇的な脳損傷を起こしていた人の脳が完治した。脳や体の随所にある腫瘍に悩む参加者たちは、その成長が停止したことを確認した。リウマチの痛みに苦しんできた参加者たちは、数年ぶりに痛みから解放された。これらは、他にもあまたある深いレベルでの変容のごく一部にすぎない。
あの記念すべきイベントで私たちはついに、参加者たちが訴える主観的健康改善の正体を、科学的計測装置で客観的変化としてとらえ、記録することに成功した。あの時私たちが観察し、記録したことは新たな歴史をつくったと言っても言い過ぎではないだろう。本書で追々(おいおい)、ごく普通の人々が尋常でない力を発揮するという話をご紹介しながら、あなたの潜在能力について示していきたい。
私があのワークショップを企画した意図はこんなことだった。「人々に科学的な情報を提供し、その情報を生かすために必要なノウハウも添えて、高次元での個人的変容を可能にしたい。」つまるところ科学とは、神秘主義を現代に伝える言葉だ。人に話をするとき、宗教や文化に属する言葉を発した途端、伝統的な文脈の話をした途端、耳を傾ける聴衆と、そうでない聴衆に真っ二つに分かれるということを私は学んだ。そして科学は聴衆を分断せず、神秘的な話からヴェールを取り除き、白日にさらすのだ。
もし私が人々に変容の科学的モデル(量子力学をちょっと使って可能性の科学を解説)を教え、それに神経科学・神経内分泌学・後成的遺伝学・精神神経免疫学の最新情報を加え、正確なノウハウを伝授し、それらすべての情報を実践する機会を提供できたなら、誰でも変容を経験できるということに思い至った。そしてもし人々がそれを実践した結果、変容していく様子をその場で計測できるような環境で行ったら、測定された変容情報は、変容を助ける追加情報となり、参加者たちが今経験した変容について、数量的に理解できるようになるだろう。それを聞いた参加者は、変容を次のレベルへと進化させ、それを繰り返すうちに「自分が考える自分自身」と「本当の自分自身――神なる創造者」との間のギャップが縮まり、ますます容易に変容していけるだろう。私はこの概念を「情(インフォメーション)報(インフォメーション)から変(トランスフォーメーション)容(トランスフォーメーション)へ」と名づけ、新たな情熱を傾ける対象となった。
現在、私は七時間のオンライン集中コースを教え、三日間の進化系ワークショップを一年に20回、世界中で実施していて、一年に3~4回実施する五日間の上級ワークショップでは、前述の科学者集団が計器類とともに参加し、脳波や心機能、遺伝子発現などの変化やエネルギー変化をリアルタイムで計測している。計測結果はまさに驚愕もので、それが本書のベースとなっている。
序 章
思考を物質に変える
私の主宰する上級ワークショップの信じ難い成果、そしてそこから生まれた目覚ましい科学的データを目の当たりにして、私のなかにプラシーボという考えが生まれた。プラシーボとは、砂糖でできた錠剤や食塩水の注射液を投与された患者の、何か外的な力が働いているという思い込みが治癒を促す“偽(ぎやく)薬(ぎやく)”のことだ。
私はこんなふうに考え始めた。「もし人々が偽薬のような外的な物質ではなく、自分自身の力を信じたらどうだろう? もし人々が自らを自力で変えられると信じ、プラシーボをとっている人と同様な状態に入れるとしたらどうだろう? 私たちのワークショップの参加者たちが自らを向上させるためにやっているのは、まさしくそういうことじゃないか? 自分の状態を変えるために、本当に錠剤や注射が必要だろうか? プラシーボと同じ治療効果が上がる方法を、教えることはできないだろうか?」
つまるところ、蛇掴(へびつか)みの儀式で牧師がストリキニーネ(訳注:中枢神経を麻痺させる猛毒。微量なら神経刺激薬となる)を飲んでも体に異常が起きないのは、彼の心身の状態が変化しているからではないか?(これについては第一章で詳しい解説がある。)脳内で何が起きているかを測定し、その情報を精査すれば、人々がプラシーボのような外的な物質に頼ることなく、自力で変化を起こすことを教えられるのではないか? 要するに、彼ら自身がプラシーボなのだと教えることはできないか? つまり、砂糖の錠剤や食塩水の注射薬といった既知の領域で信じられていることに投資する代わりに、未知の領域を信頼し、未知なるものを既知に変えられることを指導できないものか?
こうしてこの本が生まれた。本書の目的は、プラシーボをとらなくても必要なすべての生物学的神経学的機能は、すでにあなたの中に備わっていることを読者に知らしめることにある。私が目指すのは、最先端科学による、より真実に迫る物事の捉え方を使って、プラシーボ効果にまつわるもやもやをすっきりと解消し、人々の心身の状態や外界の状態に望ましい変化を創造するべく、自身の内面を変える力があることを、もっと多くの人々に気づいてもらうことだ。これを聞いてちょっと信じがたいと感じた読者は、本書を読み進むうちに私たちのワークショップでの研究結果から、それが可能な理由もやり方も理解できるだろう。
本書が扱わないテーマ
まず初めに、本書のテーマではないいくつかのことについて触れ、あらかじめ誤解を解いておきたい。第一に、医療行為の一環としてプラシーボを使うことの倫理的意義について本書は関知していない。臨床試験に参加していない患者に対して、薬効のない物質を投与することが倫理的に正しいのかという議論は後を絶たない。目的の正当性に照らせば手段を正当化し得るという議論は、一般論としては一理あるものの、これは本書が意図する内容とはまったく別物だ。『あなたはプラシーボ』は、あなた自身に変化を起こすために、自らが自分の体という乗り物の運転席に座ることについて書かれた本であり、誰かがあなたを騙(だま)して何かを仕掛けることの是非について語るものではない。
この本はまた、何かを否定するものでもない。本書に書かれたどの方法も、あなたの健康状態(それがよくても悪くても)を否定しない。それどころか、この本は不調や疾病を変容させるために書かれている。私の関心事は人々が病人から健康体へと変化する様子を計測することにある。『あなたはプラシーボ』は、現実を拒絶するのではなく、人が新しい現実へと踏み出したとき、何が可能になるかを提示するために書かれている。
読者は、医学的検査結果という率直なフィードバックにより、自分のしていることが奏功しているかが判断できるということを理解するだろう。自分の創造したことの結果が目に見えると、何をすれば同じ結果を生み出せるかがわかり、何度でも同じ結果をもたらすよう注意するようになる。自分のしていることが結果を生み出さないのなら、違うやり方を試し、奏功するまで試行錯誤すればいい。これは科学とスピリチュアリティの合体だ。これとは異なり、否定というのはあなたの内面や周りで起きている現実を直視しないときに起きるものだ。
本書ではまた、多種多様なヒーリングの効用に疑問を差しはさむことはない。世の中にはいろんなヒーリングの手法があり、効果があるものも少なくない。どのヒーリング法にも、少なくとも一部の人々には何らかの計測し得る効能が認められるものの、それらすべてのヒーリング法をリストアップすることは本書の目的ではない。私の目的は、私を虜(とりこ)にしたヒーリング法――思考のみで自らを癒やす方法――を紹介することにある。あなたの役に立つものなら、それが処方薬、外科手術、鍼(はり)治療、カイロプラクティック、バイオフィードバック、セラピーマッサージ、栄養サプリメント、ヨガ、リフレクソロジー、エネルギー療法、サウンドセラピーなど、何であれ、どうぞ続けていただきたい。『あなたはプラシーボ』は、あなたを縛(しば)る自己抑制的思考以外、何物も拒絶しない。
本書の概要
『あなたはプラシーボ』は二つのパートに分かれている。
第一部には、プラシーボ効果を理解するために必要な知識や背景の話を含む、すべての情報が詳細に記されている。脳と体でどんなことが起きているかを紐解き、読者諸氏がまったく独力で、思考のみにより、同じような奇跡的変化を創造する方法についても解説する。
第一章では、手始めに、人の意識がどれほどすごい力を持っているかを示す、驚嘆すべきストーリーを共有する。人の思考がどのようにして体のヒーリングをもたらすかの実例をいくつか挙げ、逆に人の思考がどのようにして病気を創出し、死期を早めるかについても例示する。ある男性は癌だと言われたために亡くなったが、死体解剖の結果、癌ではなかったことが判明した。数十年にわたり鬱病に苦しんでいた女性が、抗鬱剤の治験に参加した結果、劇的に快癒したが、実は彼女が飲んだ薬はプラシーボだった。変形性関節症で足を引きずっていた高齢者数名は、嘘(うそ)の膝(ひざ)外科手術により奇跡的に快癒した。この他、ヴードゥー教の呪いや蛇使いについての衝撃的な逸話もご紹介する。それらのドラマチックな話を読者にお伝えする目的は、人には、意識のみで、何の医療的介入なしに、ありとあらゆることをする力があるということを目の当たりにしていただくためだ。それらを読んだあとで、自然に「どうすればできるんだろう?」という疑問が浮かべば御(おん)の字だ。
第二章では、プラシーボに関連する事例を挙げてその歴史を紐解(ひもと)く。一七七〇年代の科学的発見(ウイーンのある医師が考案した、磁石による治療的痙攣(まひ)発作の誘発)から、神経科学者が意識の複雑怪奇な働きを見事に解明してみせた現代までをたどる。ここでご紹介するのは、ある医師が患者との約束に遅れて到着したところ、患者はランプの炎ですでに催眠状態に入っていたことから、催眠療法を開発した話。第二次世界大戦中、痛みに苦しむ負傷兵に打つモルヒネがないため食塩水を注射したところ、絶大な鎮痛効果が上がったという外科医の話。そして日本の精神神経免疫学者のウルシによるかぶれ実験では、実際にウルシに接触したときよりも、ウルシだと言われたが、実際にはウルシではない植物に接触したときに、より強い反応が見られた話など。
またノーマン・カズンズが笑いによって健康を取り戻した話。ハーバード大学の研究者ハーバート・ベンソン医師が超越瞑想法(TM)の効果の実験により、心臓病患者のリスク軽減に成功した話。イタリアの神経学者、ファブリツィオ・ベネデッティ医学博士が患者に一定の神経化学物質の脳内分泌を促す投薬をしたのち、途中でプラシーボに変えたところ、それ以前と変わらぬ脳内分泌が認められたという話。さらには、医療の形勢を一変させるほど画期的な最新科学情報についてもご紹介する。過敏性腸症候群(IBS)患者たちの症状がプラシーボで劇的に改善したというケースでは、患者はそれが薬ではなくプラシーボだと重々承知でありながら改善を果たしている。
第三章では、プラシーボ効果が発動するとき、脳内で何が起きているかという生理学を詳説する。ある意味、プラシーボ効果があがるのは「これで体がよくなるぞ」という新しい考えが「体の不調は今後もずっと続く」というそれまでの考えに上書きされることから起きる。だとするなら、無意識の中で慣れ親しんだ日常の延長線上に、昨日と同じ明日がやってくると予測する思考を変えて、潜在的可能性を現実にできると予測しはじめることもできるはずだ。この話についてこれるなら、あなたには自分の思考パターンや意識の正体について知り、それらがどのように体に影響を与えるかについて学ぶという次の課題が待っている。
あなたがこれまでと同じことを考えている限り、それはこれまでと同じ選択しか生み出さない。
その選択の結果として、これまでと同じ行動が引き出され、その行動は同じ経験しか生み出さず、その経験からは同じ感情しか醸成(じょうせい)されず、その感情は初めにあった思考へとリンクしていくだろう。神経化学的に言えば、このとき、あなたは少しも変化していない。つまりあなたは“自分が考えている自分”を、自分に教えているということだ。だがちょっと待ってほしい。あなたは、この先死ぬまでずっと変わらないという運命にはない。私はこの章で神経可塑性について解説し、死ぬその日まで脳には変化する能力がある(新たな神経回路を創出し、新たな連携をする)ことを示したい。
第四章では、体内で起きるプラシーボ効果について扱い、プラシーボ反応の生理学という次のステップへとつなげていく。冒頭でご紹介するのはハーバードの研究者たちによる実験で、ある高齢者集団を集めて一週間過ごしてもらい、その間、自分たちは実年齢より22歳若いつもりで過ごすというもの。一週間後、被験者たちの体には数々の計測可能な生理学的変化が起こり、そのすべてが若返りを示すものだった。それがどのようにして起きたのかについても学んでいく。
そのメカニズムを学ぶにあたり、本章では体に信号を送る遺伝子や、それらがどのように信号を送るかについても解説する。遺伝子に刻まれたことは宿命であり、一生変わらないとされてきた古い遺伝学に新風を吹き込んだ、エキサイティングで新しい後成的遺伝学について学び、意識は本当に新しい遺伝子をコントロールし、新しいやり方で発現させられることを理解していただく。読者諸氏は、人の体には、特定の遺伝子のスイッチをオンやオフにする精緻(せいち)なメカニズムが備わっていることを発見し、要するに、先祖からもらった遺伝子が何であれ、それに縛られていないということに気づくことだろう。つまりあなたは、自らの脳内回路を変え、望む遺伝子のスイッチをオンにして物理的現実に変化をもたらす方法を習得できるということだ。本章では、体が幹細胞(プラシーボ効果の奇跡の背後にある立役者的物質)にどのようにアクセスし、ダメージを受けた部分に健全な新しい細胞を再生するかについて解説している。
第五章では、前の二章を統合し、思考がどうして脳と体を変えられるのか解説する。まずこんな質問から始めよう。「あなたを取り巻く環境が変化すると、その変化に対応するために、あなたは新しい遺伝子に新しい方法で発現するよう信号を送る。だったら、環境が変化するより前に新しい遺伝子に信号を送れないものだろうか?」そこで私はメンタル・リハーサルと呼ばれるテクニックを使って、明確な意志と高揚した感情(体に未来の経験の予告をするため)を合体させて、現在にありながら未来を体験する方法を指南する。
ここでカギとなるのは、内面で展開する思考を外界の経験以上にリアルに感じることだ。そうすれば、脳はそのバーチャル思考が今、現実に起きているものと勘違いして(未来を現実として)活動し始めるからだ。これを正しく、ある程度の期間実行できたら、あなたは新しい遺伝子に新しいやり方で発動させて遺伝子的変化を起こすことにより、想像上の未来の出来事が今起きているかの如く、体を変えられるだろう。そうなればあなたは未来の新しい現実に一歩踏み出し、自らプラシーボとなれる。本章ではそれが実現する科学的裏づけを概略するほか、多様な分野の著名人たちがこのテクニックを利用して(それと知らずにやっていた人も含め)、夢のまた夢を現実に引き寄せた話にも触れている。
第六章のテーマは催眠暗示の話で、素晴らしいが恐ろしくもある催眠実験の話。ある研究者グループが、ごく一般的で健全な精神を持ち、合法的生活を送る、非常に催眠暗示にかかりやすい被験者に「殺人の意志を持って他人を銃殺する」という、普通は考えられないような行動をプログラミングできるかという、被暗示性実験を行った。
被暗示性の程度は人によってばらつきがあり、被暗示性が高い人ほど無意識にアクセスしやすいということを解説する。これはプラシーボ効果を理解する上でのカギとなる。顕在意識は私たちの意識全体のわずか5%で、残りの95%は無意識領域に収められた一連の自動運転プログラム、つまり体が意識となっている状態を作っているものだ。あなたが新しい思考により新しい結果を引き出し、遺伝子が導く運命を変えたいと願うなら、分析思考のフィルターを超えて無意識領域に分け入り、自動運転プログラムをコントロールするOS(オペレーティング・システム)の書き換えをする必要がある。そしてそのためには、瞑想がパワフルなツールとなることについて学ぶ。本章の最後には、被暗示性が最も高くなる脳波レベルについても解説している。
第七章では、態度、信念、認識がその人の心身の状態を変え、人格(つまりあなたにとっての現実)を変えるということ、そしてそれらを方向転換して新たな現実を創出することについて語り尽くす。無意識が持つ力について、またそこに収められた価値観により、無自覚に考えたり行動したりしていることに光を当てる機会についても書いている。また環境とそこに紐づけられた記憶は、あなたの考えを変える能力を損なうことについても触れている。
あなたの考えや認識を変えるためには、明確な意志と高揚した感情のセットにより、あなたが量子場にある可能性の中から選択した望ましい未来がすでに現実になっていると体に信じ込ませなくてはならないことについて、より詳しく解説している。高揚した感情がなぜ不可欠かというと、それがあって初めて、新しいプログラムが既存の脳内プログラムと体に染みついた古い感情への依存症を凌駕(りょうが)するエネルギーを持ち得るからだ。そして古い脳内回路を組み替え、体内の遺伝子発現を変更し、体を新しい意識に見合うように(古い神経回路を消去して)調整しなおすことが可能になる。
第八章では、量子の宇宙をご紹介する。それは宇宙に存在するすべての原子や分子を構成する物質とエネルギーからなる予測不能な世界で、実際は、物質や固体というより、エネルギー(何もない空間に見える)の世界だ。すべての可能性が今という時間の中に存在する量子モデルは、プラシーボ効果を使ってヒーリングを起こすためのカギとなる。なぜなら、それはあなたにとって望ましい未来を選択することを可能にするものであり、それが、実際に現実になっていく様子を見守る存在だからだ。そして向こう河岸(がし)の未知の世界へ、本当に渡れること、あなたにも変化が本当に起こせるということが本章で理解できるだろう。
第九章では、私のワークショップ参加者三名がこのテクニックを使って健康を取り戻した、実に画期的な成果の報告をお届けする。一人目はローリー。彼女は19歳で退行性の骨の希少疾患を患(わずら)い、一生治らないという診断を受けた。ローリーの左足から腰までの骨には、数十年の間に12か所のひびが入り、松葉杖が手放せなかった。しかし今日では杖に頼らず、完璧に健常者のように歩けるようになった。レントゲン画像には、ひびがあった痕跡すら見つからない。
二人目は橋本病と診断されたキャンダス。それは彼女が恨みと怒りに囚われていた時期に患(わずら)った、深刻な甲状腺炎の複合症だった。キャンダスは一生投薬治療を続けなくてはならないと主治医に言われたが、最終的に病を克服し、主治医が間違っていたことを証明した。今ではキャンダスは、新たに手に入れた人生に惚れ込んでいて、血液検査の結果はまったく健康で、甲状腺の薬は一切飲んでいない。
そして最後はジョアン(「はじめに」でも触れた女性)という、5児の母であり成功したビジネスウーマン、起業家でもあり、多くの人にスーパーウーマンと呼ばれた女性だ。彼女はある日突然倒れ、多発性硬化症の末期と診断された。彼女の症状はあっという間に悪化し、両足が動かなくなった。彼女が私のワークショップに初めて参加したときは、わずかな変化しか起きなかった。その後のある日行った、わずか一時間の瞑想の後、何年も足を動かせなかった彼女が、まったくの自力で会場を歩き回って見せた。
第一〇章は、ワークショップ参加者のさらに驚くべき事例に、脳画像診断を添えてお届けする。ご紹介するのはパーキンソン病を克服したミシェル。下半身不随だったのに、瞑想後に車椅子から立ち上がったジョンのストーリー。キャシー(出世街道まっしぐらのCEO)がどのようにして今という時間を見つけたか、ボニーがどうやって子宮筋腫と重い生理出血を治したかについて。そして、瞑想により至福の境地にたどり着き、随喜の涙を流したジュヌビエーブ。そして脳内オーガズムとしか形容のしようがない経験をしたマリアの話など。
科学者チームがこれらの参加者たちの脳画像を撮り、データを作成した。それを示しながら、ワークショップの最中にどんな変化が起きたかを読者に確認していただく。このデータの一番のポイントは、このような成果を獲得するのに、僧侶や修道女、学者、科学者、スピリチュアルリーダーである必要はないと証明していることにある。医学の学位も博士号も一切不要だ。本書に出てくる参加者たちは皆、市井の一般人だ。この章を読み終わったとき、あなたは、彼らが成し遂げたのは魔法ではなく、奇跡と呼ぶほどのものでもないのだということが理解できるだろう。彼らはただ単純に学んだスキルを実践したに過ぎない。もしあなたが同じスキルを練習すれば、あなたも彼らと同じような変化を起こせる。
――本書の第二部のすべては、瞑想について書かれている。
第十一章は瞑想の準備について概略し、瞑想に役立つテクニックについて解説している。
第十二章は、私がワークショップで実施している瞑想のやり方をステップごとに指導する。これまでご紹介してきた参加者たちが驚嘆すべき変化を起こした際に使ったテクニックとまったく同じものだ。
◇ ◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇
プラシーボの力を使うことに関するすべてが解明されているわけではないものの、今この瞬間にもありとあらゆる人々が、このテクニックを使って尋常でない変化、普通ではおよそ不可能だと考えられるほどの変化を彼らの人生に引き起こしていることを、私は大変うれしく思っている。本書でご紹介するテクニックは体のヒーリングに限定されない。実際あなたの人生のどんな分野の改善、変化にも応用できる。本書を読まれた方々が、私が共有するテクニックを試したいという気持ちになり、普通ではまず無理だと思われるレベルの変化をあなたの人生に起こすことが、本書を書いた私の最大の願いである。
〈注釈〉
私のワークショップ参加者たちが経験したヒーリングの内容はすべて事実であるが、彼らのプライバシー保護の観点から、名前その他の名称は変更されている。












