人は大いなる宝を持って生れてくる

人は大いなる宝を持って生れてくる
だが、すべての動物的な質も継承して生まれてくる

私たちは何とかしてこの動物的な質を排除し
自らの宝を意識上にもたらし
それを分かち合う空間を創造しなければならない

なぜなら、分かち合うこともまた宝のひとつだからだ
分かち合えば、さらに多くの宝が手に入る

ゴールド•ナゲッツ

ここでOSHOがいう、人が持って生まれてくる「大いなる宝」というのはなんでしょうか?

また、排除すべき「動物的な質」というのはなんでしょうか?

進化論を前提とする限り、私たちは動物的な質を遺伝子に含んだ上で、人間としての質を持って生まれてきています。

脳の構造から考えると、ポール・マクリーンの脳の三層構造説によると、爬虫類脳、旧哺乳類脳、新哺乳類脳に分類されています。

それぞれの脳は、自己保全の目的の為に機能する脳の構造部位である脳幹と大脳基底核、本能的に遂行される“種の保存の目的=セックス”を司る部位である大脳辺縁系、ヒトと高等哺乳類において特に発達した知性・知能の源泉である大脳新皮質に該当します。

しかしOSHOがこれまでセックスのような生命の源となるエネルギーを抑圧することに反対することはあっても、それを排除するというようなことを語っているのは聞いたことがありません。

ですからここでの「動物的な質」というのは進化論や脳の構造で示されるような本能とかセックスというようなものではなく、高度な人間性の質に反するものを「動物的な質」というふうに呼んでいると考えられます。

そして高度な人間的な質がここでいう「大いなる宝」だと思われます。

それは具体的には何を意味しているのでしょうか?

それは実際に彼が創造していたコミューンに実現されていました。

OSHOがここで語っている

自らの宝を意識上にもたらし
それを分かち合う空間を創造しなければならない

ということが、彼が実際に作っていたコミューンにあったもの、彼のミステリースクールで実現されていました。

その彼のコミューンにあったものとは、愛、喜び、創造性、自由、遊び心、分かち合うこと、ダンス、アート、瞑想、etc. 。

それを妨げる動物的な質とは、競争や嫉妬、憎しみ、争い、攻撃性、いわゆる現代における戦争などを作り出している要素です。

そのように考えると、「大いなる宝」とはユニティインスティチュートで教えている、意識の多重構造における「本質」と同じものです。

意識の多重構造とは、以下の図を言います。
http://ameblo.jp/unityinstitute/entry-11910248797.html

「本質」とは、中心の周りを取り巻く層で表されています。

それらの「本質」や「中心」は「ハート瞑想」によって体験することが出来ます。

つまり、それらの「本質」「大いなる宝」を分かち合う方法が「ハート瞑想」でもあるのです。

自らの宝を意識上にもたらし
それを分かち合う空間を創造しなければならない

そのような場の創造をめざしたいものです。

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