もとめる答えを得るためには、どのような質問をするかということはとても大切なことです。
すでにその質問のなかに、その答えが含まれているとも言えます。
OSHOからどのような答えを得るかは、だれがどのような質問をするかということにも大きく関わってきます。
クレタ島に集まったメディアからの質問にOSHOは答えていましたが、それを見ていると、OSHOの三面記事はどのように作られるのかということがよくわかります。
それはまた、OSHOに対する一般の人々の好奇心がどのようなものであったということを反映しているのでしょう。
同時にまた、そのようなジャーナリズムの姿勢が、OSHOについてのそのような側面ばかりが世間で取りざたされる理由にもなるのでしょう。
OSHOの答えは、それらの質問者の意識の状態をそこに映し出します。
シュンニョは書いています。
「記者たちからの質問はつぎのようなものに関わっていました──
各国の政治指導者、ローマ法王、産児制限、尊厳死、結婚、女性解放運動、金、心身の健康、軍備、そして瞑想。
たしかにわずかながら瞑想についての質問もありました。
それでもおきまりの低級ジャーナリズムは、あいもかわらずつまらない質問ばかりしてきます。
質問──「あなたはセックス・グルとして有名ですが‥‥‥」
OSHO──
「私をセックス・グルと呼ぶのはまちがっているばかりか愚かでもある。
正しく言おう。
私はセックスに反対する世界で唯一の人間だ。
だが、それがわかるためにはたいへんな理解力が必要だ。
そのような理解力をジャーナリズムに期待することはできない。
私のあらわした本は少なくとも400冊はある。
そのうちセックスについての本は1冊だけだ。
ところがその本だけが話題になる。
あとの399冊はだれも気にかけない。
そしてその399冊のほうが重要だ。
セックスについての本は、
あなたがたを準備させるためのものにすぎない。
あなたがたがほかの本を理解し、
高みに昇れるようにするための準備、
小さな問題を落とし、
人間の意識の高みへとたどりつけるようにするための準備にすぎない。
それなのに、これをのぞいたほかの本についてはだれも気にかけない」
質問──「ロールスロイスがなつかしくないですか?」
OSHO──
「私がなにかをなつかしんだことはない。
ところが全世界がロールスロイスをなつかしんでいる。
まったく狂った世界だ。
ロールスロイスがあったときにはみんなはそれに嫉妬した。
今それがなくなると、みんなはそれをなつかしがる。
私のことなどそっちのけだ!
ロールスロイスはふたたび出現するかもしれない。
そうしたらまた、みんなはそれに嫉妬しはじめるだろう‥‥‥。
ついこのまえ、2、3の美しい写真家がここを訪れていた。
私の弟子たちはみな、私がホンダのそばにいる写真を彼らが撮るのをやめさせようとした。
それでも私は、写真を撮りなさいと言った。。
そのホンダは私の持ち物ではない。
ロールスロイスもそうだった。
だが、みんなを喜ばせてやればいい。
みんなそれで喜ぶのだから。
人々のマインドは、自分とはまったく無関係のものに興味を寄せる──
それはとても奇妙なことだ」
お金についての質問に答えて。
OSHO──
「‥‥‥残念ながら、私は経済についてはなにも理解していない。
私には銀行口座もない。この30年のあいだ金にふれたこともない。
5年間アメリカにいたが、1ドル札を目にしたこともない。
私は存在(イグジスタンス)を全面的に信頼して生きている。
私がここにいることを存在が欲するならば、それはそのように取りはからうだろう。
存在がそれを欲しなければ、そのように取りはからうことはないだろう。
存在への私の信頼は、全面的だ。
存在を信頼しない人々が、金を信頼する、神を信頼する、あらゆるたぐいの愚かなものごとを信頼する」
質問──「ギリシャの人々に自己紹介していただけませんか?」
OSHO──
「なんということだ。
あなたがたは私を知らないというのかね?
私はあなたがたが25世紀前に毒を盛った同じ人物だ。
あなたがたは私を忘れてしまったようだが、私はあなたがたを忘れていない。
ここに来てからまだ2日だが、私はもうこんなことを考えている──
この25世紀のあいだに、ギリシャ人はよりすぐれた質へと、
より人間的に、真理に近づくよう進化していてもよさそなものだが。
だが私は悲しい。
というのも、このたった2日のあいだにも、
ギリシャの新聞は私についてまったく偽りのことをかき立てているからだ。
現実的な根拠がまったくない。ばかげたことをかきたてている」
「和尚と過ごしたダイアモンドの日々」
(本書は絶版になっています。 お問い合わせはinfo@oejbooks.comまで)