インドの旅 一難去ってまた一難

インドを旅するというのは、日本では予想しないようなことが次から次へと起こります。

Oshoの一行は、瞑想キャンプの場所に行くために、アーメダバードまでは予定どおりに到着したまではよかったのですが、は友人宅で一服し、瞑想キャンプの開催されるウダイプールに行くためにタクシーを呼びました。

今でこそ、インド国内も高速道路も整備されるようになってきましたが、私がインドに行っていた頃、30年ほど前は、タクシーと言えばインド製のアンバサダーという黄色と黒のツートンカラーの車。

往々にしてスピードメーターも故障していたりします。
凸凹道をすっ飛ばしている時に、突然後部座席のドアが開いたこともあります。
ドアにもたれていたら、車から投げ出されるところでした。
よく事故にならなかったと、今思い出しても冷や汗が出ます。

そして当時のインドの道路と言えばでこぼこ道で舗装していないことが多く、舗装してあったとしても、日本の道路を走るようなスムーズなものでは全くありませんでした。

しかもインドの暑さは日本の常識とは異なります。
40°を越えることも普通のこと。

そんななかをクーラーもなく、6時間から8時間走る、と聞くだけでめまいがしてきます。

インド人のジョティでさえ、「延々と続く道路を見ていたら、頭が痛くなってきました」というのは、よくわかります。

そんななかでのOshoの様子は、まさにジョティにとっても不可解なものでした。

瞑想をマスターしている人って、こういうふうなんでしょうね。

一万人のブッダたちへの百話

ジョティは語ります。

「 友人宅で朝食を取 った後、ウダイプールに行くためにタクシーを2台呼びました。

大変な暑さです。
それなのに無意識な私たちは、Oshoのためにエアコンつきのタクシーを呼ぶことを考えもしませんでした。

6時間から8時間はかかる長い旅です。
後部座席にOshoと友人のふたりに座ってもらい、私は助手席に乗り込みました。

汗が吹き出るほどの暑さです。
汚れた、しかも延々と続く道路を見ていたら、頭が痛くなってきました。

後ろを振り向きました。
Oshoは外の世界とは全く関わりがないとでもいうように、静かに目を開じて座っています。

私は、自分がそうすることができるようになるのはいつのことだろう、自分には不可能に思えるけれど、と思いを巡らせていたら、ふと、Oshoの邪魔をしたような感じを受けました。

するとOshoが目を開いて、ソーダ水が欲しいと言いました。
Oshoはインド各地の旅を続けているうちに、生水を飲まなくなりました。

運転手に車を止めてもらい、トランクに積んだ大型の魔法瓶の中で冷やしておいたソーダ水を 一本取り出し、ついでにその冷水でハンカチを湿らせました。

ソーダ水を飲み終えたOshoに冷水で湿らせたハンカチを差し出し、頭の上にのせたままでいるように勧めました。

Oshoはハンカチを手に取り、子どものように言われたとおりにし、ハンカチから伝わ ってくる清涼感を感じながら、「どこでこの 『トリック』を覚えたんだね」と言いました。

むせ返るような暑さのためにハンカチは30分もしないうちに乾いてしまいます。 私はウダイプールに着くまで、湿ったハンカチを取り替え続けました。」

 

今日はここまでにします。

えたに