瞑想の真髄

この世界には何百、何千というさまざまな瞑想の技法があります。

ここでOshoは「瞑想には112の方法がある」と語っていますが、その112という数字は古代インド(一説には5000年前と言われている)に伝わるVigyan Bhairav Tantra (ヴィギャン・バイラヴ・タントラ)に述べられている瞑想技法が112であることに基づいています。

しかし、この112という数字のなかに、すべての瞑想技法が含まれています。

この112の瞑想技法はシヴァがその妻パルヴァティ(Vigyan Bhairav Tantra の本文ではデヴィ)の質問に答えて述べられたものです。

デヴィはシヴァに、この宇宙について、この世界の基本的な本質について、真実を理解するために人はどのように時空を超えることができるのか、ということなどについて尋ねます。

シヴァはその質問に対して、それがどういうものかについて答えるのではなく、ただ単に瞑想の技法だけを教えます。

このヴィギャン・バイラヴ・タントラの瞑想テクニックは老若何女を問わず、過去現在未来のすべてにわたってのすべての瞑想法がここに含まれていると言われています。

1972年から73年にかけて、これらのヴィギャン・バイラヴ・タントラの瞑想技法について、現代人向けにOshoが語った本が英語では The Book of Secretsとして、1300ページを超える本として出版されています。

日本では10巻の本となっています。

そしてOshoはそれらの瞑想技法の真髄、これらの112の瞑想法すべてに共通している本質にしてかつ最も簡単な瞑想法をここで語っています。

もっとも簡単な瞑想法は
ただ観照してゆく方法だ

瞑想には112の方法があるが
観照はその112の瞑想法すべてに
共通している本質だ

だから私によれば
観照が唯一の技法だ

これら112の瞑想法は
観照のさまざまな応用にすぎない

瞑想の本質的な核心ーー
その真髄は
いかにして観照するかを学ぶことだ

樹を見ているーー
そこにはあなたがいて、樹がある
だが、そこに在る
もうひとつのものがわかるかね?

あなたが樹を見ているーー
つまり、あなたの内側に
樹を見ている自分を見ている
観照というものが存在している
ということをーー

世界は主体と客体に
分かれているだけではない

そこにはまた、両者を超えた何かがあるーー
その超えたるものが瞑想だ

ゴールド•ナゲッツ」 by Osho

Oshoは「The Book of Secrets」の前書きで、このVigyan Bhairav Tantraの瞑想技法をするにあたっての注意について語っています。そしてなぜシバはデヴィの質問に瞑想の技法で答えたのかについても。

Oshoは言います。

真実は常に今ここにあり、あなたが真実だ」

だから真実をどこかに捜し求めたり、
創造したり、発明することはできない。

しかしマインドのメカニズムは、
常に何かを探求し、
常に欲望のなかにあり、
いつも過去と未来のなかにあって、
今ここにいることができない。

真実は今ここにあるのにマインドは過去と未来を捜し求めるので、マインドが真実に出会うことはできない。つまり、ここで理解すべきことは、真実を探求することはできない、ただ見いだすことができるだけだ、ということです。

だから、シヴァがデヴィの質問に答えるのではなく、単に瞑想の技法を与えたのには、ワケがあったのです。マインドが過去や未来に行くことなく、「今ここにいる」ための技法を与えたのです。

シヴァはデヴィに何の説明もせずに、いかなるコンセプトも与えることなく技法だけを与えたのはそのためです。

なぜならマインドは、「探求するな」と言えば、「探求しない」ということを探求し始めるし、「欲望するな」といえば「無欲」を欲望し始めるからです。

だから、シヴァはデヴィに「真実はここにある。探求するのではなく、見出しなさい」とさえ言わずに、ただ技法を与えたのです。

そこでOshoは言います。

ただ技法をしなさい。
 そうすればマインドは過去や未来に
 行くことがなくなる。
 すると突然あなたは
 今ここにあなた自身を見いだす
と。