サニヤスとは その1

サニヤシンというのは、インドで伝統的には世間を捨てた求道者のことを意味していたが、OSHOはそのことに新しい意味を持たせて、それをムーブメントとした。

OSHOの弟子はサニヤシンと呼ばれ、その新しいムーブメントは「ネオ•サニヤス」と言われた。

ネオというのはニューという意味で、「新しい」サニヤスということだが、何が新しかったのだろうか?

インドでは赤い衣服とマーラはサニヤシンの象徴として、全ての宗教により何千年もの間使われてきたもので、OSHOはその伝統にしたがって、弟子にもその赤い服とマーラを授けた。

ところが、彼の意図はまったく別のところにあった。

彼が彼のサニヤシンに、インドの長年の伝統と同じ赤い服とマーラをつけさせたのは、サニヤスの伝統的にしたがったのではなく、それとはまったく逆で、その伝統の概念を破壊したかったからだというのだ。

「伝統的なサニヤシンは禁欲者であらねばならず、女性に触れてはならず、女性と話をしてもならない。サニヤシンは家庭にいることはできず、寺に滞在しなければならない。

彼は一日に一度しか食べてはならないし、彼は絶え ず何度も何度も断食しなければならない。彼は自分自身を苦しめなければならない。これは病気だ。

私はこのイメージを破壊したかった。だから私は赤い色を選んだ。そして私はインド国内だけで30万人に近いサニヤシンを抱えていた。

私のサニヤシンたちは伝統的なサニヤシンたちの間に強烈なトラブルを引き起こした。

なぜなら、誰がどこに属するかを知る 方法はなかったからだ。私のサニヤシンたちが道を歩いていると、彼らが禁欲者でないことを、彼らにガールフレンドが居ることを知らずに、人々は彼らの足に触れる。彼らは一日に2度食べる、

何であれ一番いいものを食べる――それがイタリア料理でも中華料理でも日本料理でも、かまわない。これらの人びとは21世紀に属している。そして古いサニヤシンたちは、私が彼らのイメージを壊したことでとても憤慨した」

そういうことをされたら、誰だって憤慨するに決まっている。

OSHOのサニヤシンたちは、ただでさえ非常に自由奔放な人たちなわけで、しかも西洋人までもが、誰かれかまわずサニヤシンになったので、これまでのインドの伝統的なサニヤシンの人たちや、それらの伝統を重んずる人たちの神経逆なでもいいところで、これまでの宗教の伝統をぶちこわす行為だったのだ。

OSHOはもともと、そのような宗教ということは意に介せず、それらをぶちこわした人で、それでアメリカでもキリスト教についても容赦なかったので、ついには国外追放されることになった。

しかし、それは彼のいう「宗教性」ということを重んじたからだった。

「私はサニヤス・ムーブメントをやめたわけではない。私はそれが宗教になるのを止めたのだ。ムーブメントは流動だ。それがムーブメントの意味だ――それは動いている、それは成長している。

だが、宗教は死んでいる――それは動くのをやめてしまった、それは成長するのをやめてしまった。それは死んでいる。それにふさわしい唯一の場所は火葬場だ。

聖職者はみんな、男であれ女であれ、死んだ宗教を望んでいる。なぜなら、それは予測できるからだ。

すべてのものはただ教理問答のようなものだ。そこには何の見解も、何の進化も、何の成長もない。

キリスト教を見てみなさい、2千年が過ぎ去った――彼らはイエスキリストより1インチでも先に進んだろうか? 仏陀以来25世紀が過ぎた――仏教徒たちは1歩ですらそれより先に進んだだろうか? これは成長を破壊している、進化を破壊している。

今、私は私の人びとにオープンで、生き生きとして、成長しつづけ、いつも新鮮で新しくありつづけて欲しい。それは新しい類の現象、宗教性の存続である。

それには何のレッテルもついていない。なぜなら、すべてのレッテルは完全な終止符だからだ。そして、私は終止符が好きではない、セミコロンでさえ好きではない。生は常に流れ続けている」

「私たちが西洋にやって来て、今では赤い衣服もマーラも必要ではない。というのも、西洋ではそれらが宗教のシンボルだったためしはないからだ。

それらは、その用途をインドで終えた。それらは次のように主張する。サニヤシンであっても妻とともにいられるし、子どもも持てる。

社会の寄生虫である必要もなく、働くことも、創造することもでき、稼ぐこともできる。そして、崇拝される必要もないと……

より厳密に言えば、あなたには今や外側の象徴はまったく何もない。そこに残されたものは宗教性の核心だけであり、あなただけにできる内なる旅である。

私があなたの代わりにそれをやることはできない。誰もあなたの代わりにやることはできない。 だから今や、そこに残るのは本質的な質のみ、宗教性のもっとも根元的な質だ。それは瞑想だ……」

OSHO, From Bondage to Freedom, Number 17

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