瞑想にあたってのマスターの助け

禅では瞑想をするにあたって、
自分を指導してくれる師を探し求める伝統があります。

それは悟りに正しく導くための師であるとともに、
弟子の瞑想が深まっていくとき不思議な現象が起こることがあり、
そのときに導く師を必要とする場合があるからです。

白隠も坐禅をやりすぎて、禅病におかされたときの経験を
夜船閑話のなかに
書いています。

ジョティの瞑想が深まったときに起こった現象と、
Oshoがどのように助けていたのかということが書かれています。

OSHOは毎晩、ウッドランド・アパートのリビングで語っています。

このリビングは200人近くが入れる大きさです。
OSHOは大人数の集まりに向かって講話をしなくなりました。

OSHOと一緒に未知の領域を旅する用意ができている、
小人数の集まりに語りかけることに興味があるのです。

OSHOは、シヴァが書いた『ヴィギャン・バイラヴ・タントラ』
という名の本で紹介されている112種類の瞑想法について講話を始めました。

そしてこれらの瞑想法を説明しながら、
説明を聞いているだけでは役に立たないと言いました。

聞いているだけでは知的理解しか得られないのです。
経験するにはどの瞑想法も少なくとも三カ月間は
決まった時間に実践しなくてはならないのです。

私は自分のためにふたつの瞑想法を選びました。

朝には「死の瞑想」と呼ばれている瞑想法をしています。

衣服は全て脱いで死体のようにシヴァ・アサンというポーズを取り、
全身に白いシーツをかけて横たわります。

全てをゆだねて体をリラックスさせたら、
自分の体を死体であるかのように内側から見守らなくてはなりません。

これは目撃者でい続けるための無為の瞑想法なのです。

始めたばかりのころは思考が途切れのない車の往来のように駆け巡っていました。

それでも道路を行き交う交通の流れを見守るように、
思考と自己同一化することなく見続けました。

この瞑想を2週間続けた後に、瞑想が深まり始めました。

思考と思考の間に沈黙の瞬間を一瞥するようになったのです。

そうやって瞑想を続けていたある朝、
瞑想が本当に深まりを見せようとすると、
恐怖が湧いてくることに気づきました。

部屋に自分以外の何者かがいるようなのです。
部屋の空間をたくさんの魂がさまよっているのです。
瞑想に深く入っていこうとでもすれば、
その内のひとつが私の体に入ってきそうです。

この恐怖は2、3日繰り返し起こりました。

このことをOSHOに話しているとき、
OSHOは何かを見通すような目つきで私をじっと見つめな
がら、
真剣に耳を傾けていました。

それからテーブルに置かれているOSHOの写真の中から一枚取り出して、
その上に名前をサインして「これを部屋に置いておきなさい。
瞑想を始める前の2、3分間、意識をこの写真に集中させなさい」と言いました。

私は感謝してこの貴重な贈り物を受け取りました。

そしてOSHOの足許に触れました。

OSHOは私の頭の上に手を置いて祝福し
「心配することはない。瞑想を続けなさい。私も一緒にいるからね」
と言いました。

OSHOの写真を写真立てに入れ、ベッドのすぐそばの小さなテーブルの上に置きました。

私の内側からは恐怖が一掃され、部屋はOSHOの臨在で満ち溢れています。

一万人のブッダたちへの百話」by  ジョティ

 実は、同じような体験を「インナーラビリンス」の著者、
 ナルタンもしていたのです。

 そのとき、ナルタンはプラティプラサヴという
 師と弟子との間でなされる秘教的プロセスによって
 救われることになるのです。

 「プラティプラサヴは、過去生、しかも問題のある過去生に関わるインド古代からの秘儀であるらしい。それは、ある生のなかでとてつもなく苦しく恐ろしい経験をし、何生にも渡ってその経験を重苦しい塊かたまりとして存在のなかに引きずっている魂を、その苦悩(カルマと言ってもいい)から解放するための浄化プロセスであるようだ。

これは、その技を熟知した導師との一対一の師弟関係のなかでか、あるいは、古代社会にあったような小規模の宗教者共同体のなかでしか起こらない秘教的プロセスとされる。

師と弟子の場合でも、いつでも誰にでも起こるというわけではないらしい。弟子でしかないわたしにはわからないが、機が熟しているとか、その時期の弟子の側の受容性はどうかなど、それが起こり得る必須条件みたいなものはあるのではないか。

この時期わたしに毎日起こったことはあまりに多すぎて書き切れないから、主要な部分だけ取り上げることにする。

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ところがサニヤス授受のあと、突然わたしのほうを見たOSHOは、「ナルタン、前に来なさい」と声を掛けてきた。

わたしはあわてて彼の前に座り、何を言われるのかと見上げたが、「ハウ アー ユー?」といういつもと同じ質問だ。

わたしは、「はい、何だかよく解らないんですが、いろいろ起こってます」と、他言してはいけないという指示を守り、曖昧な返事をした。

すると、微笑したままOSHOは左手をラクシュミに差し出し、小さな黒いものを受け取った。

そして仕草でわたしの頭を下げさせ、それを頭の真ん中に軽くあてた。急激な熱いエネルギーが背筋を走って上昇するのを感じた。

「ナルタン、このボックスを与えよう。困ったとき、恐ろしいとき、助けが欲しいとき、これを今のように頭に軽くあてなさい。わたしがすぐ助けに駆けつけてあげる」

最後の「わたしが助けに駆けつける」の部分になったとき、講話と入門式(ダルシャン)以外は自室から一歩も出ないOSHOの日常を知っていた弟子たちは、ラクシュミを除き、わたしを含めて全員が笑いこけた。

それが冗談でなかったとわたしに分かるのは、あとになってからである。」

「インナーラビリンス」 by  ナルタン

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