今回のOshoへの質問は愛についてです。
「愛は、あなたにとってどういう意味を持つのでしょうか? 愛とは何ですか?」
Oshoは、愛には3つの意味があると語ります。
3つの意味とは肉体的な愛、心理的な愛、スピリチュアルな愛です。
この講話は、アメリカでのメディアによるインタビューシリーズのひとつです。
この2分足らずのYouTubeは日本語の字幕がついていません。
150円でレンタルすると、そこには日本語の字幕があります。
愛についてOshoが語ることはとても多く、そのときどきでさまざまに語っています。
それだけ愛についての質問が多いからなのでしょう。
今回は、愛の3つのステージについて語っています。
字幕がついていないので、この動画でOshoが語っている部分をここに書いておきます。
質問の女性は愛の意味について、Oshoに尋ねます。
「愛とは何ですか?」
Oshoは語ります。
愛には3つの意味がある。
ひとつは生理学的な関係として存在する場合
それを私たちはセックスと呼ぶ
ほとんどの人たちはそれを
愛と信じ続ける
それは始まりにすぎない
2番目はより深いもの
心理学的なものだ
それは愛と呼ぶことができる
ここで途切れてしまいます。
「えー、これってあんまりじゃん。もうちょっと見せてよ」って、みなさんも思うと思うのです。
で、私も150円でレンタルして、残りを見ました。
粗筋がわかる程度に、Oshoが語っていることをここに書いておきます。
昨日は、Oshoのセックスと瞑想についての語りを紹介しましたが、愛という観点から見れば、それはまだ愛以前の段階で、そのはじまりでしかない、ということです。
とはいえ、では2番目の愛といえる段階に、みんなが至っているかというと、そういうわけではなく、それには感受性の訓練が必要です。
2番目の段階の愛をみんなが恐れているので、その段階の愛に達している人たちは非常に稀だというのです。
そして、3番目の愛についても語っています。
興味があって、全部を聞きたい方は150円で1週間レンタルで見ることができます。
では、その続きです。
詩人がそれについて話し
音楽家がそれについて歌う
そこにはセックスは関係ない
それは二人の人間を磁力のように引きつける力だ
何かが二人の間に湧き起こる
彼らは突然感じる
自分たちはお互いのために作られたと
何かが彼らに感じさせる
相手がいなければ自分は半分だ 不完全だと
その人がいれば 自分は完全だと
完結したという感覚が
2番目の愛の特性だ
全体であるという感覚
完全な円環
1番目は とても瞬間的だ
とても表面的だ
2番目は とても深い
だがたいへんな繊細さが必要とされる
それは誰にでも手に入るわけではない
1番目は 誰にでも手に入る
動物にさえも備わっている
鳥 木々にも
だからその中には何も特別なものはない
人に関する限り
セックスとしての愛しか知らない人は
人間の威厳よりも低いところにとどまる
人間性は2番目からはじまる
わずかな詩人 わずかな音楽家
わずかな舞踏家 わずかな彫刻家だけが
それを感じ取ってきた
人間の歴史の中でも
ごくわずかな人たちだけが
それを生きてきた
なぜなら
だれか他の人と解け合うことには
大変な勇気を必要とするからだ
他人がもはや他人ではない瞬間
ひとつであることを感じられる
途方もない瞬間
誰もが2番目の愛を渇望する
それにはある程度の訓練が
感受性に必要だ
最初のタイプの愛においては
それに値するかどうかは問題にならない
それは生物学的だ
それは既に贈られている
とてもわずかな詩人や画家が
そういったタイプのクレージーな人々だけが
愛を知るにいたる
しかし その愛も心理学的だ
そしてあなたのマインドは何か
安定したものではない
今日は あるもので
明日は また別の何かだ
そうしたマインドの変化 心理の変化
それはいつも変化し続ける
あなたの愛も絶え間なく
変化せざるを得ない
それは大きな問題だ
かならずしも
あなたとあなたの愛している人が
あなたと同じように
変化するとは限らない
彼の方が遅いかもしれないし
早いかもしれない
彼は動くのをやめるかもしれない
あらゆる可能性がそこにある
人々は2番目の段階に達するのを恐れている
なぜなら第2の段階は
そよ風のようだからだ
それはやってきては去る
それがやってきたら
あなたを完全に満たす
それはとても多くの満足を
あなたに与えるので
何かこれ以上のものがあるとは
あなたには思いもよらない
そしてそれが変わるなどとは
あなたには思いもよらない
だから恋人たちは
お互いに約束し続ける
しかし
彼らの約束は実現することはない
そして彼らは罪悪感を感じるだろう
もちろん彼らが約束を交わしたときには
それは嘘ではなかった
彼らは本当に 真正にそう感じた
しかし それはそのときの感情であって
時がたてば あなたの心理は発達し
あなたは成長して成熟し
新しいものを愛しはじめる
新しい人々を
あなたの美に対する見方が変わる
あなたの態度
そのすべての次元で変わり続ける
相手があなたとまったく同じように
変わるというのはほとんど不可能だ
あなたが相手と同じように変わる
というのも不可能だ
だから社会全体が
非常な苦しみの中で
生きている原因なのだ
心理学的な愛は 変化する現象だ
そして 人類がその可能性を
優雅に 受け入れない限り
私たちは
人間が第2のレベルに上がるのを
決して許さないだろう
なぜなら 第2のレベルに上がると
苦しみが増すからだ
3番目の愛は
スピリチュアルなものだ
それは もはや心理学的ですらない
それは 愛というよりは
Lovingnessのようなもの
そこに情熱はない
それはむしろ 花というより
芳香に似ている
あなたは花を摘むことはできる
だが、芳香をつかむことはできない
それはロウソクの炎というよりも
光のようなものだ
その3番目の段階の愛は 変化しない
なぜなら それは愛する人に、
愛する対象に依存していないからだ
それは変化するマインドに依存していない
それは何か
あなたの永遠の存在に関係がある
あなたは変わるかもしれない
あなたの身体は変わるだろう
あなたのマインドは変わるだろう
しかし あなたの愛は変わりようがない
あなたの存在の芳香として残る
その地点でのみ
二人の人間が本当の意味で出会う
それは恋人の間では稀にしか起こらない
とても稀だ
(従来存在していた動画が削除され、以下の一連の講話に置き換わっているようです。)
今日はここまでとします。
えたに