これまでOSHOの言葉を通してOSHOの紹介をしてきましたが、OSHOの身近にいる人たちからみたOSHOはどのような存在だったのでしょうか?
ここにOSHOの身近にいて、その世話をしていたシンニョという人の手記があります。
今回は、その手記を中心にOSHOのことを見ていきたいと思います。
彼が身近な人々に、どのように接していたのかがわかります。
彼女の手記には、どのような経緯でOSHOの弟子になったのか、その過程でどのような体験をしたのかということなどが書かれています。
彼女がOSHOの弟子になったのは1976年、OSHOがインドのプネで西洋人の弟子を取りはじめて2年ほどしてからのことでした。
あるとき彼女は、OSHOと個人的に面接のできるダルシャンでOSHOに次のような質問をしました。
「何も役にたつことをしていないので、追い出されないかと心配です」
「私は自分が十分に信頼していないのではないかと不安です」
OSHOは彼女に次のように語りました。
私の愛を受け取るには、
あなたがそれに値するものである必要はまったくない。
あなたがここにいるだけで十分だ。
なにかをするように期待されているとか、
価値あるように求められているとか、
そういうことではない。
そういうことはすべてナンセンスだ。
そういうナンセンスのせいで人々は搾取され、方向をそらされ、破壊されてきた。
あなたはすでに、あなたのなりうる最高の存在だ。
それを上回るものは必要ない。
だから、ただくつろいで、私を受け取ればいい。
自分がそれに値するかどうかという観点からは考えないように。
そんなふうに考えたら、あなたは緊張したままだ。
それこそが、あなたの絶えざる問題、絶えざる心配事なのだ──
私には何かが欠けている、私はこれをしていない、
あれもしていない、私の信頼は充分ではない。
あなたは千とひとつの問題をこしらえている。
私はあなたのすべての限界を認め、
そのすべての限界を持つ あなたを愛している。
私はだれのなかにも どんな種類の罪悪感を生みたくない。
それに注意しないかぎり、こうしたことはすべてトリックになる。
私を信頼していない、とあなたは罪悪感を感じるとする──
それならば、私はあなたを支配している。
あなたが立派な人ではなく、あれこれのことをしていないなら、
私はあなたへの愛を断ち切るとする──それならば愛は契約になる。
いや違う。私はあなたを愛しているのだ。
私が愛なのだから
シュンニョは書いています。
自分を無価値だと思うそうした気持ちは、数年感にわたって意識の表面にあらわれることがあったので、それは私自身の条件付けの土台のひとつであることが理解できました。
OSHOは私に、ただここにいなさい、私はそのままでいいのだと、何度も何度も言いました。
そういうことを言ったあとでOSHOは笑い「ただくつろいで、楽しみなさい」と言いました。
また私に信頼が欠けているならそれでもいい。
私を信頼しないサニヤシンも2、3人は必要なのだとも言いました。
それは多様性に貢献することになるというのです。
どんなときにもOSHOには問題を溶かしてしまう方法がありました。
まるで魔術師のようです。
私は何の問題もない「今」に置き去りにされ、「マインドは次にはどんな問題を考えだすのだろう」と考えるのでした。
もしかしたら、自分はダルシャンに行く口実にするために問題を作っているのではないか、と疑ったことがあります。
「和尚と過ごしたダイアモンドの日々」
(本書は絶版になっています。 お問い合わせはinfo@oejbooks.comまで)