前回、シュンニョが体験したことを、今度はOshoの目から語ってもらいましょう。警察官たちがOshoの寝室に侵入し、激しいやり取りがなされたのですが、そこではどのようなことが起こっていたのでしょうか?
人それぞれに生きている現実が違えば、そこで見える風景、体験するものごとがまったく違っています。このようなOshoの身のまわり起こっている現実は、シュンニョがこのように書いてくれているので見えることで、そのようなことはまわりの人たちにはわからないことです。
私はといえば、ちょうどそのころOshoがボンベイからプーナに移ったらしいという噂を聞き、しかもOshoが講話をはじめたらしいと聞いて、ただちにOshoに会いに行くことを決め、1週間の予定でプーナにかけつけたのでした。
1987年のお正月のことでした。
ところが、Oshoの話が聞けるとワクワクしながらプーナのアシュラムに着くと、到着した前の日からOshoは講話を休んでいるとのこと。
次の日には話すだろう、次の日には話すだろう、と言われながら、ついにプーナに滞在できる最終日にもOshoは表れず、私がプーナを発った数日後に講話を再開したという噂を耳にしたのでした。
なにが幸いするかはわからないもので、それが悔しくて、その夏の7月に、今度は1ヶ月の予定で再度プーナを訪れ、そのときには今はサマーディの部屋となっている小さな部屋で、Oshoの話すすぐそばで講話を毎日聞く機会に恵まれたのでした。
もし、そのときにOshoに会えていたら、再度プーナに行くことはなかったかもしれません。
それはともかく、そんなことの背景には、Oshoはこのようなトラブルに巻き込まれていたのでした。
シュンニョは語ります。
「私はヴィヴェック、ラフイア、ミラレパと一緒に階段の上に立っていました。
外国人なので席を外したのです。
ラクシュミとニーラムが、階下で警官たちと話しています。階段の上にいても、Oshoの部屋からの激しい声が聞こえました。Oshoの声です。激しい声が10分ほど続いたあと、ヴィヴェックが階下に降りて行きました。
彼女はOshoの部屋へ入り、警官たちに「お茶はいかが」と尋ねたのでした。
ヴィヴェッタが言うには、警官たちはほっとしたようで、思っていたよりずっとやっかいなことになっていたので、ひと休みできてうれしそうだったそうです。
1月10日の講話のなかで、Oshoはそのときなにが起きたのかを私たちに語りました。
私はボンベイにいた。
ある有力な政党の党首が大臣に手紙を書いたのだが、その写しが私に送られてきた。
大臣宛のその手紙に書いてあったのは、私の存在がボンベイの雰囲気を汚染するということだった。
私は言った。
『なんだって? これ以上ボンベイの大気を汚染できる人物などどこにいる? ここは世界最悪の都市だ』
私は4ヵ月間ボンベイにいたが、一度も外出しなかった。窓の外を眺めたことさえない。
ずっと閉めきった部屋にいたのだ。それでも臭い……まるでトイレに座っているみたいに! これがボンベイだ。
……その後で、私が4ヵ月のあいだ、客となっていた家の待ち主であるサニヤシンに、圧力がかけられた。
私が彼の家から出ないなら、彼と家族を、家と私もろとも丸焼きにするというのだ。
泣いたものか笑ったものかわからないときというのがあるものだ。
……私は土曜日の夜にボンベイを発ったが、翌朝、私が滞在していた家は、銃で武装した15人の警官に囲まれていた。
……私は夜中の4時にここに着いた。
3時間もたたないうちに瞥察がやってきた。
私は眠っていた。目を開けると、私の寝室にふたりの警官がいるのが見えた。私は言った。
『私はけっして夢を見ない。とくに悪夢はけっしてみない。この馬鹿者たちは、どうやってなかに入ってきたのだろう?」
私は尋ねた。「捜査令状は持っているのか?」
彼らは持っていないと言った。
「それなら君たちは、どうして私のプライベートな寝室に入りこんだのだ?」
彼らは答えた。
「あなたの前で令状を読み上げなければならない」
人は眠りのなかで言葉を使うのだろうかと疑いたくなるときがある。
これが令状を読み上げるやり方なのか。これが公僕としてのふるまいかたなのか。
彼らは全員公僕であって、私たちは彼らに金を払っている。
彼らは下僕としてふるまうべきだ。主人のようにではなく。
私は言った。
「私はまったく罪を犯していない。三時間眠っていただけだ。それが犯罪なのか?」
彼らのひとりがこう言った。
「あなたは議論の的になっている。警察署長はあなたがここにいることで、町に暴動がおきかねないと思っている」
……そして、その令状についてだが、私はこのように言った。
「読んでくれ。私の罪というのはなんだね?」
議論の的になったということが私の罪なのか。それなら私に教えてほしい。
叡知を備えた人物のなかで、これまで議論の的にならなかった例はあるのか。
議論の的となることは、罪ではない。
事実、人間意識のすべての進化は、議論の的となった人たちのおかげだ。
ソクラテス。キリスト、ゴータマーブッダ。
マハヴィーラ、ボーディダルマ、ツァラトゥストラ。
幸運なことに、彼らはひとりとしてプーナに入らなかった。
警官たちは無礼なふるまいをした。
ベッドに寝ている私の顔に、令状を投げつけたのだ!
そんなふうに人間以下のものとして扱われることに、私は耐えられない。
私はすぐさま令状を破り捨てると、警官たちにこう言った。
「出て行って、君たちの署長に報告しなさい」
政府からの令状は破るべきではないということはわかっている。
だが、ものには限度がある。
まずなによりも、法は人間に対する、人々に対する敬意を見せるべきだ。
そうしてはじめて、法は人々から尊重されることを期待できる。
The Messiah Volume1
「和尚と過ごしたダイアモンドの日々」
(本書は絶版になっています。 お問い合わせはinfo@oejbooks.comまで)