寂しさへの瞑想シリーズ その14
Oshoの言葉
自分のアロンネス(aloneness)を
愛する人は愛することができる。
ロンリネス(loneliness)を感じる人は
愛することができない。
自分自身として幸せな人は、
愛に満ち溢れ、流れている。
彼は誰の愛も必要とせず、
それゆえ与えることができる。
あなたが困っているとき、
どうやって与えることができるのか?
あなたは物乞いだ。
そして、あなたが
与えることができるとき、
多くの愛があなたに向かってやってくる。
これは応答であり、自然な応答だ。
愛の最初のレッスンは、
ひとり(alone)でいる方法を学ぶことだ。
これは非常に重要な言葉だ。
この言葉には、
たとえ話のようなものは一切ない。
即時的で、直接的だ。
それはまるで、
バラの花があなたに
出会っているようなものだ。
バラの花について、
「このバラの花のたとえは何ですか」
とは聞かないだろう。
「このバラの花はどういう意味なのか?」
とは聞かないだろう
Osho
愛の最初のレッスンは、
ひとり(alone)でいる方法を
学ぶことだ。
Oshoが話すことは、世間の常識とは真逆のことが多いです。
最近何人かの女子の人たちと話す機会があったのですが、
パートナーのいない人たちがまず話題にすることは婚活のようです。
どのように相手見つけるか。
どのような出会いサイトが良くて、
どういうアプリを使っているのか?
もちろん私はついていけずに聞いているだけでしたが、
最近はそうやってパートナーを見つけるのか?
と思って、驚きでした。
10年以上前に、アメリカではそのようにして
インターネットでパートナーを見つけている
と聞いて驚いたのですが、
日本でもそれは普通のことになっているようです。
でも、Oshoからすれば、その前にすることがある、ということなんですね。
それは、
ひとり(alone)でいる方法を
学ぶことだ。
今の時代、こういうことを理解する人いるのでしょうか?
というか、いつの時代もこのことを理解する人は少ないのではないでしょうか?
愛は自分自身を愛することから始めるならまだ分かるかもしれませんが、
「ひとり(alone)でいる方法を学ぶことだ」
とまでは、あまり聞いたことがありません。
これは非常に重要な言葉だ。
この言葉には、
たとえ話のようなものは一切ない。
この言葉とは、最初の質問にあった、
禅師の言葉です。
「私は私と、ひとりここに座っている」
今日はここまでにします。
えたに