存在への扉
仏陀の最後の言葉は「自灯明 法灯明」でした。 自らを灯明(導きの光)とし、法を導きの光とせよ、という意味です。 Oshoの最後の言葉は「あなたはブッダであることを覚えていなさい。サマサティ」 “REMEMBE…
仏陀の最後の言葉は「自灯明 法灯明」でした。 自らを灯明(導きの光)とし、法を導きの光とせよ、という意味です。 Oshoの最後の言葉は「あなたはブッダであることを覚えていなさい。サマサティ」 “REMEMBE…
マニーシャの週末のワークショップ「Oshoバルド」が終りました。 やはり死についていろいろと考えてはいても、実際に2日間の時間を取って、死に向かい合うことで多くの気づきと洞察が生まれてきます。 死に関しては人それぞれの状…
法華経には、お釈迦さまが衆生を導き、教化するために説いたという7つのたとえ話があります。 法華七喩(ほっけしちゆ)と言われ、 三車火宅、長者窮子、三草二木、化城宝処、衣裏繋珠、髻中明珠、良医病子などのたとえ話です。 三車…
「マスターの役目とは、あなたが目醒めることができるような状況をつくりだすことだ」 とOshoは語っていますが、「目覚める」とはどういうことでしょうか? 仏陀は悟りを得たあと、私たちは夢幻(ゆめまぼろし)のなかに生きている…
どのような質問をするかで、その人の人生が決まると言われています。 自分の中に問いを持ったとき、脳はその問いに答えようとして、意識的、無意識的にその答えを探し求め、そのために必要な状況を引き寄せるように思われます。 引き寄…
Oshoの講話を聴くことは瞑想であり、それこそまさに瞑想のアートです。 その昔、仏陀のまわりにあつまり、仏陀の話を聴いた人たち。 それはまさにこのような集まりだったのではないか、ということを思い出させるようなOshoの講…
誰かに追いかけられていて、でもどういうわけか足が思うように動かず「あぁ、もうだめだ! 殺される!」って思ったとたんに目が覚める、っていうような経験ありませんか? 悪夢にうなされて、目が覚めるようなこと。 あるいは、「あぁ…
瞑想というのはとても不思議です。 瞑想のなかでは、ふだん体験しないようなことが起こったりもするので、それをガイドしてくれる人が必要になることがあります。それがマスターの存在です。 禅僧で有名な白隠も、禅の修行中にさまざま…
Oshoは晩年には禅についての講話だけを話していました。 そしてさらに後半では、Osho自らが、みんなをその瞑想のなかへとガイドしていたのです。 そのOshoのガイド瞑想でのマニーシャの体験が語られています。 そしてマニ…
瞑想とはより意識的になることであり、気づきをもたらすものである、ということがわかれば「瞑想」の定義はより多くの可能性をもち、瞑想の機会も増えることになります。 単に坐禅をしたり、呼吸を見つめたり、ヨガのエクササイズをした…