マインドの機能とハートの機能

マインドのすべての機能は
分割し続けることだ
ハートの機能は結び目を見いだすことだ
それについてマインドはまったく盲目だ

マインドはことばを超えているものが理解できない
言語的に、論理的に
正しいことしか
理解できない

マインドは
存在、生、現実(リアリティ)には
関知しない
それ自体が想像の産物だ

マインドなしに
生きることはできる
ハートなしに
生きることはできない
そして深く生きれば生きるほど
あなたのハートが関わるようになる
     「ゴールド・ナゲッツ」 OSHO

私たちは同じ世界に住んでいるようでいて、それぞれがまったく別の世界に住んでいるのではないかと思われることがよくあります。

私たちには目や耳や感じる感覚などの五感があり、見たり聞いたり,感じる感覚は同じで、同じ世界を見聞きしているように思われます。

しかしたとえば、同じ教室で授業を受けている中学生の生徒を仮定すると、先生と生徒では見る風景はまったく異なりますし、生徒でも前に座っている者と後ろに座っている者、授業に興味を持って先生を見ている者と授業に興味がなく窓際で外を眺めて空想に耽っている者とでは、同じ教室のなかにいても、まったく違った世界を体験しているといえます。

また、同じ対象を見ていたとしても、分析的、批判的、科学的な視点でその対象を観察するとの、愛の目でその対象を見つめるのとでは、ものの見方がまったく違っているともいえます。

愛の目で見るというのは、その対象を受容的に、あるがままを、いいも悪いも判断することなく、全体として受け入れるように見ることです。

どちらかといえば、対象の全体とひとつになるようにして、感じ、味わい,愛でる見方、俳句や詩や絵画を描く芸術家の見方に近いといえます。

たとえば、芭蕉や禅僧などが俳句を詠む場合には、ものごとをあるがままに見る愛の目があります。

OSHOが、ここでマインドの機能と言っているのは分析的、批判的、科学的な視点でものごと見るやり方であり、ハートの機能といっているのは、ものごとをあるがままに見る愛の目によるものごとの見方ということができるでしょう。

OSHOは瞑想のステップを説明するときに、「マインドからハートへ。そしてハートから存在(ビーイング)」という言い方をします。

そして、マインドからハートへの一歩は努力を要するけれども、ハートから存在へは努力なく自然に起こると語っています。

マインドの機能だけを使って人生を生きるのと、ハートの機能を使って人生を生きるのとでは、同じ人生を生きても、まったく別の世界を生きているようなことになるだろうと思います。

現在科学は脳に対する研究が盛んで、脳についての知識が飛躍的に進歩しています。

しかしまだ、意識は脳から生まれるのか、ということは神秘につつまれています。

むしろノーベル賞を受賞している科学者などからは、意識は脳によって生み出されるということは説明できない、という意見が出されています。

禅では無心、無念夢想が重視されてきていますが、それはある意味マインドの機能を離れることの大切さを意味しています。

それは悟り、ないし人生の神秘はマインドによっては解き明かすことができず、ハートの機能によることが必要だということでもあります。

禅はハートということさえ言わず、ハートよりもハラ、まさにビーイング(実在、存在)そのものであることを直接体験すること、悟りを目指していますが、まずは日常生活を生きるうえで、ハートの機能を使うことをこころがけてみると、この世界の見方、生き方がずいぶん変わるのではないでしょうか。

私自身、マインドの機能で世界を見がちではありますが、ハートの機能を知ることで、ものの見方や世界の見方がずいぶん変化し、多次元的にものごとをとらえることができるようになりました。

おかげで自分のマインドの状態に気づくことが容易になり、マインドに巻き込まれることも少なくなって、深刻に悩んだり、ネガティブなものごとにとらわれることもずいぶん少なくなりました。

「ハートなしに生きることはできない」とOSHOも語っているように、ハートの機能を取り戻すことができれば、自殺やうつなどもずいぶん減るんだろうと思われます。
なぜなら、その根本的な原因は生きることの意味を見失っていることだと思われるからです。

現在、日本では年間自殺者は3万人を超えつづけ、厚生労働省が実施している患者調査によれば、2008年にはうつ病等の気分障害患者と診断されている人は100万人を超えているという統計があります。

それは、あまりにも日本の現代社会がマインドの機能だけでものごとを見て判断しているため、深く生きることができなくなっているからではないでしょうか。

ハートの機能を取り戻すことで、日本も世界も、もっと生きよい世界になるのではないかと思われます。

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