劣等感とハート瞑想

人は誰もが何らかの形で劣等感を感じている
その理由は すべての人がユニークだ
ということを受け容れていないからだ

優越、劣等などということはあり得ない
誰もが種を形成するただひとりの人間だ──
比較する余地はない

私たちは人があるがままに自分を受け容れることを許していない
自分自身をあるがままに何の比較もなく受け容れるとき
すべての劣等感、優越感は消滅する

自分自身を全面的に受け容れることによって
あなたは優越、劣等というコンプレックスから解放される

さもなければ、あなたは生涯苦しむことになる
この世のすべてを所有できる人を思い描くことはできない

人々は試みた
そして完全に失敗した

ただ、自分自身でありなさい──それだけで充分だ

あなたは太陽に受け容れられている
あなたは月に受け容れられている
あなたは樹々に受け容れられている
あなたは海に受け容れられている
あなたは大地に受け容れられている
それ以上に何を望む?

あなたはこの宇宙全体に受け容れられている
そのなかで歓びなさい!

ゴールド•ナゲッツ

人間には頭脳(マインド)があり、ハートがあります。

頭脳は頭部に位置して、ものごとを考える役割を持っています。

マインドは論理的に考え、判断し、分析し、推論し、計算し、比較検討します。

これに対しては、ハートは胸のところにあるエネルギーセンターで、愛し、感謝し、バランスと調和をもたらし、ゆるしや慈愛をもたらす機能があります。

人が感動したり、愛を感じたときには思わず胸に手を当てますし、愛をハートのマークで表したりしています。

ハートは愛するセンターであることは古今東西を問わず多くの人が共通して体験していることです。

それは頭脳のように肉体的な構造があるわけではないので科学的に検証されているわけではありませんが、ヨーガの伝統ではハートのエネルギーセンターとして知られています。7つのチャクラのうちの第4のチャクラとして知られています。

このハートの機能を使う瞑想がハート瞑想です。

このOSHOの言葉を理解するには、このマインドとハートの違いを知っておくことが理解の助けになります。

ここでOSHOが語っていることのうち、

何らかの形で劣等感を感じていること。
比較すること。
優越、劣等というコンプレックスを感じること。
この世のすべてを所有したいと望むこと。

これらはマインドの機能です。

これに対して、

すべての人がユニークだということを受け容れること。
自分自身をあるがままに何の比較もなく受け容れること。
自分自身であること。

あなたは太陽に受け容れられている
あなたは月に受け容れられている
あなたは樹々に受け容れられている
あなたは海に受け容れられている
あなたは大地に受け容れられている
あなたはこの宇宙全体に受け容れられている

ということを感じること。

これらはすべてハートの機能です。

人がマインドのなかにだけで生きているとき、この世のすべてを所有しようと考えます。

そして、

あなたは生涯苦しむことになる
この世のすべてを所有できる人を思い描くことはできない

人々は試みた
そして完全に失敗した

ということになります。

しかしあなたがハートのなかに生きるとき、
あるがままに自分を受け容れることを許すことになります。

そして、

自分自身をあるがままに何の比較もなく受け容れるとき
すべての劣等感、優越感は消滅する

自分自身を全面的に受け容れることによって
あなたは優越、劣等というコンプレックスから解放される

ということを体験するようになります。

そのための瞑想がハート瞑想です。

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