危険なこと

「危険なこと それは知ること」

それが今日のスーフィーの物語のテーマです。

知ることには責任が伴います。

例えば、原子についての知識も、それを核兵器に使えば、大量殺人兵器になってしまいます。

原子力発電に使えば平和利用かと思いきや、それが中途半端な知識だと、核燃料の廃棄問題で環境汚染を引き起こしたり、津波や地震で結局は環境を汚染し、人類をも危機に陥れることになってしまいます。

それらのことは、スピリチュアルな知識においても同じです。

人を助けるように使うこともできれば、人の人生を破壊してしまうことにもなり得ます。

世界のものごとは相互に依存しあっています。

アメリカインディアンの叡智に、次のような言葉があります

地球は人間に属しているのではない
人間が地球に属しているのだ
すべてのものごとがつながっている
ちょうど血が私たちすべてをむすびつけているように

人間が命の網の目を編んだのではない
人間はその網の目のひとつに過ぎない
人間が網の目になすことは
自分自身になすことになる

OSHOは語ります

  世界で 宇宙で起ころうとしていることは
  すべて潜在的可能性として
  あなたがすでに持ち運んでいる
  あなたが世界全体だ
 
  原因であり 結果であり
  過去であり 未来であり
  すべてが あなたのなかで
  いっしょに結ばれている

  <実在>の描くあらゆる線が
  あなたのいるその地点で交叉し交わる

  知るということは危険だ
  人が「知る」とき
  その人はこの複雑きわまる多様性を知る
  そしてどんなことをしようとも
  その人はこのからみあい全体を
  考慮にいれなければならない
  さもなければ要点を取り逃がして
  まったく人の助けにならなくなる

  だから私は 多くの人が<覚醒>に達するが
  マスターはごくごくわずかしかいないと言うのだ
  <覚醒>に至るためだけだったら
  ただ自分の問題だけを解決すればいいのだから

  光明を得て覚醒したときに知るその知識は
  とてつもなく広大な 大海原だ
  それを巧みにあやつって
  他の人たちを助けることができるようになるのは
  至難の技だ

  ところが 「知ること」の
  この危険性を知らない人々が時折いて
  自分たちは助けている 役に立っていると
  思っていることがある
  だが じつは彼らがやっていることは破壊にすぎない

  彼らは親切なことをしていると
  考えているかもしれないが
  実際は残酷なことをしている
  彼らは人を混乱のなかから引っ張りだしていると
  考えているかもしれないが
  じつはもっとひどい混乱の中に押し込んでいる
  こういうことはよく起る
  ときには覚者のもとでさえ起こる

  その広大さは無辺
  その多様さは底知れない
  しかし 何かを口に出して言うとなると
  それは決まって単純になってしまう
  単純な現象に小さく縮小しなければならない
  するとそのことの大部分は失われる
  そうなったら 助けにはならない

    「あなたが死ぬまでは」
     第七章 危険なこと それは知ること

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