ハートとは? (『あなたが死ぬまでは」より)

「あなたが死ぬまでは」というOSHOの講話のタイトルだが、
あなたが死んだら、どうなるのだろう?

「<生>の無限なる源泉があなたの前にひらかれる」とOSHOは語る。

  ここで死ぬべきあなたというのは
  かたちのなかに閉じ込められ
  石の壁で囲われていて
  あらゆるところで限界を感じているあなただ。

そこでは<生>の広大な可能性が閉ざされていて、監禁されたように感じているあなたのことをいう。

そのあなたが死んでこそ、復活が可能になる。

ではそのあなたを取り囲んでいる石の壁というのは何だろう?

  それは思考というマインドの壁でできていて
  そのマインドの壁は教義や教典で作られている。
  そして 私たちはその自分の牢獄を
  いつも持ち運んでいる。

かといって、その壁を壊そうとすると、自分が死んでしまうかのように思える。

  なぜなら、私たちは自分が誰かという
  そのアイデンティティを
  生まれて以来両親やまわりの教師たちによって
  築きあげられたその壁によって作り上げてきているので
  その壁を壊してしまうと
  自分のアイデンティティも失われ
  自分が消えてしまうように思われるからだ。

  そこであなたはハートを知る必要がある。
  なぜなら ハートを通してのみ
  あなたは生まれ変わることができるからだ。

  生まれ変わる前に
  あなたが死ななければならないのだ。

  誰も死なずして 
  生まれ変わることができたものはいない
  だからこそ スーフィズム 禅 ハシディズムー 
  スーフィズムのかたち──が伝えようとしている
  メッセージは、いかに死ぬか、ということにある

それはともかく、ではそのハートとは何でしょう。

「ハートとは この世で最も危険なものだ」とOSHOは語ります。

  だからどんな文化も文明も
  そしてどんないわゆる宗教と呼ばれるものも
  子供の時にハートから切り離される
 
  なぜならハートこそ最も危険なものだからだ
  危険なものはすべてハートからやってくる
  頭(マインド)の方がずっと安全だ。

  マインドといっしょだと
  人は自分がどこにいるかわかる
  ところがハートといっしょだと
  自分がどこにいるのがわからなくなる。

  頭(マインド)とともに行けば
  すべては計算され
  地図に描かれ 測定されている。

  そしてあなたは 
  自分の前に 自分のうしろに 
  群衆がいつも
  一緒にいるのを感じることができる。

  大勢の人々が同じところを動いている
  それは高速道路
  コンクリートで固められた道。

  それはあなたに安心感を与えてくれる
  ハートともに行けば
  あなたはまったくの独りだ

  誰もあなたといっしょではない
  恐怖があなたをつかまえる
  あなたは怖れに取りに憑かれる

  自分はいったいどこへ行くのだろう?
  あなたはもうわからない

  ハートに地図はない
  測ることも図に表すこともできない

  とてつもない恐怖が起こってくる
  私のなす努力のすべては
  あなたが怖れないように助けることにある
  なぜなら
  ハートを通じてのみ
  あなたは生まれ変わることができるからだ

      「あなたが死ぬまでは」OEJ Books
     https://oejbooks.com/products/dtl_3.html

☆ランキングに参加しました!
よろしければ、クリックお願いします☆

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 瞑想へ
にほんブログ村