OSHOのまわりには、いつも笑いとダンスとお祭り(お祝い)がありました。
OSHOに言わせれば、深刻であることは病気なのです。
どんな深刻な状況にあっても、それを笑いとジョークとお祝いに変えてしまう。
そんな魔法がOSHOにはありました。
彼のもとで誰かが死んだら、そのお葬式はまさにお祭りになってしまいます。
初めて私がお葬式のお祭りに出会ったのは、アメリカのコミューンでしたが、その美しさに圧倒されました。
自分が死んだら、このようにお祭りにしてほしいと思いました。
OSHOが一休さんの一休道歌を題材に話した講話があります。
その講話は禅を題材にしていたので、禅になじみのない西洋人にはある意味難しい講話だったようですが、そのタイトルが「Take it easy」。
深刻にならないようにというタイトルでした。
晩年、OSHOが禅の講話のシリーズを話していたときには、その講話の最後に必ずジョークをいくつか話して、みんなを笑いに巻き込んで、講話を終っていました。笑いはOSHOとともにあっては、とても大切な要素なのです。
シュンニョは書いています。
「ウルグアイでのOSHOは、講話にジョークをはさみませんでした。
だからといって笑いがなかったわけではありません。
ある晩などは、ほんとうに笑いが止まらなくなりました。
私はみんなの顔を見ました。その晩はハシヤがいましたが、私と彼女は顔を見合わせ、いっそう大笑いしました。
笑いを呼んだ話は終わり、OSHOは「まじめ」なことを話しているのに、それでも笑いはおさまりません。
日本人のギータは、人を驚かせるような甲高い笑い声をあげるのですが、OSHOはそれを聞くたびに、いっしょになって笑いました。
OSHOは話をいったんやめて、彼女といっしょに笑うのです。
なんのせいでもありませんでした。
やがて私たちに笑いが伝染し、ついにみんなが笑います。
笑いは、もっともすばらしいスピリチュアルな現象だ、とOSHOは言います。
「マスターの笑いと弟子の笑いには、まったく同じ質と価値がある。
そこにはなんの違いもない。ほかのすべてには違いがある。
弟子は弟子だ。弟子が学んでいるところで、闇のなかを手探りしている。
マスターは光に満ちていて、すべての手探りは終わっている。
だからどんなことをしていても、そこには違いがある。
だが、あなたが闇のなかにいようが、あるいは光に満ちていようが、笑いはそのふたつをつなげてくれる。
私に言わせれば、笑いには最高にスピリチュアルな質がある。
無知な者と光明を得た者とはそこで出会える」
「和尚と過ごしたダイアモンドの日々」
(本書は絶版になっています。 お問い合わせはinfo@oejbooks.comまで)