Oshoのサイキック能力

ジョティはOshoの本を読んでいくうちに、借り物の知識から開放されていきます。

Oshoの本を読んでいた人たちの話を聞いてみると、二つのタイプの人がいるようです。

それはOshoの本は難しいという人と、
ただちにそれが自分の求めていたものだと気づく人とです。

それがどういう違いなのかずっと不思議に思っていたのですが、ジョティの次の言葉を見たときに、その原因がわかりました。

「Oshoのことばは私を全く空っぽなままでいさせてくれます。」

そうなのです。

Oshoの言葉は、その講話を聴いたあと思い出そうとしても思い出せないことがよくあります。

それは知識を与えているのではなく、むしろこれまでの既成概念をぶち壊されることが多いのですが、ハートはそのようなマインドを越えてダイレクトにOshoからのメッセージを受け取るようなのです。

ジョティはまさに、そのハートでOshoを受け取っている人だということがわかります。

インド人のサニヤシンを見ていると、このようなタイプが多いです。

西洋人はマインドから入ってきますが、インド人はハートからつながるタイプが多いようです。

それはともかく、ジョティのハートはOshoとの再会を渇望し、ナルゴールでOshoの瞑想キャンプが行われるという情報を手に入れます。

そのキャンプでは 「ダルシャン」というものが初めて行われる予定で、そのときにはOshoの足許近くで座ることができるというのです。

その瞑想キャンプの会場は、非常に美しい、海岸沿いの森の中に設けら、500名ほどの参加者が集ま りました。

ジョティは簡易に作られたポーディアムのすぐそばに気に入った木を見つけ、その下でくつろいで座り、Oshoの講話を聴きます。

そして次のような体験をします。

「講話が始まったのに、Oshoのことばが頭のなかに入ってきません。

あたりは深い静寂に包まれ、聞こえるのはOshoの声と遠くで鳴り響く波の音だけです。どれだけの間、講話は続いたのでしょうか、目を開いてみるとOshoの姿はすでにありませんでした。

何か死んでいくような感覚が湧いてきました。

Oshoは小さな金属の塊を引き寄せる磁石のように、私のハートを引き 寄せてしまったのです。

そしてその夜は 一睡もすることができませんでした。砂浜をあてもな く歩きながら、うつろな目で周囲を見回すと、夜空に降りかかってきそうなほどの無数の星々が輝いていました。

なんという静けさ、なんという美しさなのでしょう。こんな経験は生まれて初めてです。」

ジョティはこの体験を、次の日の講話のときにOshoに渡します。

その時のことを彼女は次のように書いています。

ジョティは語ります。

朝8時、参加者たちは講話が行われた同じ場所に再び集まりました。

Oshoが私たちの質問に答えてくれます。そのためにたくさんの人たちが自分たちの質問を書いた紙を秘書の男性に渡しています。私も勇気を振り絞 って、Oshoに自分に一体何が起こっているのかを聞くために書きました。

その紙を秘書の男性に渡し、ポーディアムから少し離れた場所に、Oshoの目に留まらないように人影に隠れるように座りました。

優美な光をいっぱいに放ったOshoが現れました。

Oshoはナマステの挨拶を皆にして、蓮華座に足を組んで座ると皆の質問を読み始めました。

Oshoの手の中に私が出したピンク色の紙を見つけたときにハートがドキドキし始めました。

あの質問を読んだOshoは私のことをどんなふうに思うのだろうという考えが出てきて、何だか恥ずかしくなりました。

驚いたことにOshoは、私の質問を、いいえ実際には質問というよりはOshoの講話を初めて聞いたときに経験し た……磁石に引き寄せられるような、死の淵に立たされたような感覚を説明したものを読み終わると、まず聴衆の左端のほうに視線を向け、それからゆっくりと右の方へと移していきました。

そして私のところで視線を止めました。

Oshoは質問の主がこの私であることを知っている、 そう気づいた私は地面にぬかずき、そのまま凍り付いたようになりました。

Oshoは私の質問を黙って読み終えると、次の質問に移りました。

講話が終わり、人びとが足許に触れるためにOshoに近寄っていきます。
そしてOshoはそんな彼らの頭に触れて祝福しています。

Oshoのところまで行く勇気のない私は、Oshoのそうした姿を遠巻きに見ています。
ところがOshoが席を離れようと立ちあがった瞬間にとうとういたたまれなくなってOshoを目掛けて駆け出しました。

Oshoはにっこりと微笑みながら 「あれは君が 書いたものかね?」と尋ねました。

うなずいて、そうだと返事をして、Oshoの足許に触れるためにかがみました。

Oshoは私の頭に手を置き、私が身体を起こすと 『午後から会いに来なさい』と言いました。」

講話の会場にいる何百人のなかから、どうして質問を見ただけで、それを書いた人がわかってしまうのでしょうか?

Oshoの洞察力には計り知れないものがあります。

 

今日はここまでにします。

えたに