スピリチュアル•プレイボーイ

「スピリチュアル・プレイボーイ」

これは、1985年、アメリカのコミューンでのメディアからのOshoへのインタビューの一幕です。

このころは、Oshoはアメリカにあったコミューンで、いろいろなメディアのインタビューに答えていた時期がありました。

そのなかで、この記者は、Oshoに

あなたは愛とは解放だと
おっしゃいました。

しかし あなたの敵や批評家は、
主張しています。

この動きが推奨している
行為のいくつかは

むしろプレイボーイマガジンの
ヘフナー氏によって
呼び起こされていると

スピリチュアルなリーダーに
よってではなくです。

これにどう反応されますか?

と質問しました。

すると、Osho は次のように答えました。

私はスピリチュアルなプレイボーイだ
 何かまずいことがあるかね?

この答えに、周りの人たちから笑いが沸き起こります。

そのとき、そのインタビュアーの顔が映し出されますが、

そのOshoの意外な答えに、なんて反応したら良いかわからず。
その、戸惑ったような顔が、また面白いです。

Oshoのこの切り返しは見事ですよね。

記者としては、してやったりという質問だったんでしょうが、

Oshoは彼の予想もしないような答えで切り返しました。

そしてOshoは続けます。

私は自分のことを
ゾルバ・ザ・ブッダと呼ぶ。

私が生涯をかけてやっていることは、
ゾルバとブッダを近づけることだ

この続きは、ぜひ、Oshoの言葉で見てください。

OSHO: I Am a Spiritual Playboy
   Zorba the Buddha

この動画は以前に見たことがありましたが、すっかり忘れていました。

これから、この「ゾルバ・ザ・ブッダ クラブ」(私が配信しているメルマガのタイトル)の名称を

「スピリチュアル・プレイボーイ&プレイガール クラブ」と変えないといけないかもしれないと、思いました。

私が初めてOshoに会ったのは、このころ、1985年9月のことでした。

そのアメリカのコミューンは、まさにこれまでの私のスピリチュアルの概念を吹き飛ばす場所でした。

それまで、坐禅などに打ち込み、瞑想をしながら、仏陀に会いたいと思うようになり、

Oshoの本に出会い、
「この人こそ仏陀だ!」と思い定め、
Oshoに会いに行ったのでした。

ところが、そこで目にした光景は。。。まさに、禅の灰色の世界から、極彩色の世界へと紛れ込んだようなものした。

「え? え?! これ何?」という感じでした。

白黒テレビの世界からカラーテレビの世界に切り替わったようなもので、

今までの世界とはまったく違った別世界。

こんな世界があるんだ、と思うような楽園でした。

人々はオレンジ色の服を着て、笑い、歌い、踊り、愛し合い、ディスコがあり、パブがあり、カジノまでありました。

私が今のパートナーと再会したのは、そのカジノでした(笑)。

それはともかく、そのアメリカのコミューンでの体験は、それまでのスピリチュアルの探究の概念が吹き飛んだできごとでした。

それについて話すと長くなるので、これぐらいにします。

えたに