ブッダは常に誤解されてきた

今回OSHOは、ブッダの言葉がどうして常に誤解されるのかということについて語り、どのような人たちがブッダを理解することができるのか、ということについて語っています。

昨日のブログでは、OSHOの講話の理解の仕方についてでしたが、今日はブッダに耳を傾ける方法についてです。

この講話はOSHO の初期の頃の講話です。1974年から80年にかけてのプネ時代です。

注目していただきたいのは、そのOSHOの語る言葉のスピードです。

1985年以降のOSHOは、4年間にわたる沈黙の期間を経た後のせいか、話し方はゆっくりで、言葉と言葉の間の沈黙のギャップがあります。

前期のプネ時代のOSHOの話は、よどみない言葉が次から次へと出てきます。

それにしても、容赦のない辛らつな言葉の数々。

1974年に、プネに自分のコミューンを作る前には、OSHOはネルーやガンジーなどの政治家の人たちとも親交があり、宗教家や僧侶の人たちとも親交があったのです。
政治家や僧侶の人たちでOSHOを聖者とあがめ、信望する人たちが多くいたのです。

でも、あまりのOSHOの辛辣さに、多くの人がOSHOから離れたとも聞いています。

1974年以降は、コミューンを訪れた人々や弟子の人たちに語りかけるとき以外は、ほとんどプネのコミューンにある自分の部屋を一歩も出ることもありませんでした。
OSHOのもとにきた人たちに会う以外は、そのような世間の交流からは離れて、OSHOのもとに集まってくる弟子の人たちに向けて話しはじめた時期でもありました。

数々の辛辣な言葉のあと、OSHOは語ります。

これは仏陀のことについて語りながら、実はOSHOの体験でもあるのでしょう。

  なぜなら瞑想はあなたの
  目を開く技術だからだ

  誰かが覚醒へと到達したとき
  深い慈悲を自然に感じる
  彼は至る所に目を携えた人々を見る
  もともと真理を見る能力を持っている人々を
  しかも生まれたときからブッダになる資質を
  覚者となる資質を持った人々が苦しんでいるのを
  しかもあらゆる苦しみは
  ばかばかしく その必要のないものだ

  慈悲がわき上がる
  そして慈悲から伝え始める
  しかしコミュニケーションは難しい
  不可能だ
  仏陀は丘の頂上から話しかける
  そしてあなたは暗い谷間に生きている
  そこは光が全く届かない

  彼は光の言葉で話す
  それがあなたに届くときには
  その意味は変化してしまう
  あなたのマインドが
  その言葉を掴むときには
  その言葉に色をつけてしまう

このあとOSHOは仏陀が伝えようとしたことは何なのか、そしてそれを誤解することなく受け取る方法について語ります。

それではOSHOの言葉をお楽しみください。

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