光明を得ることなく、意識的に死ぬことは可能でしょうか?

古来、死というのは永遠のテーマで、如何にして長生きするか、この肉体を生きながらえさせるかということに人間は取り組んできています。

そしてまた、この肉体が死んだ後にも生があるのだろうか、ということをテーマに輪廻転生が論じられ、チベットの仏教の伝統が有名ですが、様々な事例も報告されています。

これに対しては宗教的、スピリチュアル的な見地からだけではなく、脳科学的な見地からも検証されつつあります。

しかしそもそも、人間の「意識」というものは脳のなかだけの現象なのか?という疑問も提出され、「意識」というのは脳だけの現象だとは考えられないというノーベル賞受賞科学者をはじめとする有力科学者からの見解もあります。

また臨死体験の研究もさかんになってきていて、これも以前は単なるスピリチュアルな現象の分野にとどまっていましたが、最近では科学的な考察が加えられ始めていて、脳外科医の臨死体験の報告なども出版されています。

そのような状況のなかで、Oshoの「死について 41の答え」が出版されるのは興味深いことです。

Oshoはすでに肉体を離れていますが、彼は自分の墓碑銘に
生まれることもなく 死ぬこともない 
 1931年12月11日から1990年1月19日まで、
 この地球を訪れた
と書かれてあります。

何か、宇宙人がこの地球を訪れたようなメッセージですが、意味するところは、「意識」は生まれることもなく、死ぬこともない、という意味のように受け取られます。

そして、そのことをOshoはこの本のなかで何度も語っています。

私はただ、
 死は存在しないという
 自分の体験を表現して、

 分かち合っているだけだ
と。

そして、そのことを体験するためのヒントやツールをこの本のなかに残してくれています。

どうしてOshoはそのようなことを確信をもって語ることができるのか?

そのことが、この彼の講話の中で語られています。

光明を得ることなく、意識的に死ぬことは可能でしょうか?

ニーラ、
存在は一定の法則にしたがう。
そしてそれには例外はない。
もし意識的に死にたいのなら、
唯一の方法は光明を得ることだ。

死はとても大きな手術だ。
あなたの魂が取り出されようとしている。
肉体から、
マインドから、
あなたが7、80年ものあいだ巻き込まれてきたものからだ。
小さな手術でさえ
あなたには記憶喪失が必要だ。

だがこれは存在における最大の手術だ。
無意識とは、
あなたに記憶喪失を与える自然な方法にほかならない。
あなたが完全に肉体とマインドとの
自己同化を外さないかぎり、

あなたは意識的に
死ぬことはできない。

そして意識的でない死とは、
見逃された大いなる機会だ。

光明を得ることは
絶対の必要だ。
光明を得るとはただ
あなたの全存在が意識的だ
という意味にすぎない。

あなたの内側にどんな暗い片隅も
残っていない。

そのような意識のなかで死ぬとき、
肉体と
マインドと
大脳を、
あなたから取り外すことができる。

なぜなら今やあなたは知っているからだ。
単なる理論としてではなく、
あなたの本物の体験で、
自分がいつも分離していたことを。

肉体に巻き込まれることは、
あなたが光明を得たその日に破壊された。

古(いにしえ)の仏教徒の聖典のなかでは、
光明を得ることは
「大いなる死」と呼ばれている。

あなたが死のうとしているのではない。
その死が偉大なのは
あなたがそれが起こっているのを見ることができるから、
あなたが目撃者になるからだ。

今やあなたはもう肉体を重要視していない、
執着していない、
そして自分の不死に気づいている。

あなたが意識的に死ねるのは、
あなたが知っているときだけだ。
自分が不死であること、
自分が永遠に属しており、
時間に属してはいないことを。

内面の深いところで、
自分が存在の始まりであり、
また存在の終わりであることを
知っているのだ。

何らかの始まりがあるとすれば、
何らかの終わりがあるとすればだが。

実際は
始まりもなければ
終わりもない。
あなたはいつもここにいたし、
あなたはいつもここにいるだろう。

意識的な死は、
生命の神秘のひとつだ。
なぜならその後では、
もうどんな形でも、
生まれることはないからだ。

人間としても、鳥としても、樹木としても。
あなたは宇宙の永遠の意識の中に、
海全体に広がっている意識の中に、
とどまることになる。
それゆえに、それは「大いなる死」と呼ばれてきた。

だがそれには例外はない。
存在は絶対的に明確な法則に
したがっており、

しかもこれは最高の秩序の法則だ。
なぜならそれはあなたの意識、
あなたの生命、

あなたの死に関わる法則だからだ。」


今日はここまでとします。

えたに