知性ある人

知性ある人は、
他者を支配することには興味がない
その人の第一の興味は、
自分自身を知ることだ だから

最高の質を持つ知性は
神秘主義に向かう
一方、もっとも凡俗な知性は
権力を追い求める
その権力は世俗的、
政治的かもしれない
あるいは金を求めることかもしれない……

大勢の人に対して
スピリチュアルな支配力を
持つことかもしれない
だが、その根底にある衝動は
いかにしてより多くの人を
支配するかということだ

この衝動が生まれるのは
あなたが自分を知らず
しかも、自分を知らないということを
認めたくないからだ

あなたは自分の存在の
まさに中心に巣くっている
無知に気づくことを恐れている

そして、その暗黒から
次のような方法で逃避する 一ー
金銭欲、権力欲、尊敬、名誉欲― ー
しかも内側に暗黒を持つ人は
どのような破壊的なことでもやってしまう

そのような人に創造性を
望むのは不可能だ
創造性はあなたが意識的であること
もう少し覚醒していること
光、愛を持つことによって
もたらされるからだ


創造性はいかなる意味でも
他者を支配することに興味はない
―一
何のために?
他者は他者だ

あなたは誰も支配したくない
また、誰からも支配されたくない
自由とは ほんの少し覚醒していることの味わいそのものだ一ー

ゴールド•ナゲッツ」 by Osho

知性とはなんでしょうか?
知性とは、物事を知り、考えたり判断したりする能力、という定義があります。

一般には頭の良し悪しと混同されがちで、学校などでのIQテストの知能指数で評価されたりしました。

しかし、最近は知能にもいろいろあって、知能検査の結果を表す数値としてのIQだけではなく、心の知能指数として EQ( Emotional Intelligence Quotient、EQ)、ないしEI (心の知能: Emotional IntelligenceI) という指標が提案されたりしています。

しかし、そもそも「知能」と「知性」は違うという指摘がなされています。
というのはどれだけ知能が高くて、いい大学に入り、高学歴であっても、知性が感じられない人というのがいるからです。

では「知能」と「知性」の違いはどこにあるのでしょうか?

「知能」とは、「答えの有る問い」に対して正しい答えを見出す能力のこと。
「知性」とは、「答えの無い問い」に対して、その問いを、問い続ける能力のこと。
「知識」とは「言葉で表せるもの」であり.「書物」から学べるもの。
「知恵」とは、「言葉で表せないもの」であり、経験からしか掴めないもの。

「知性」の本質は、「知識」ではなく、「知恵」である。
というふうに「知性を磨く~スーパージェネラリスト」という田坂広志氏の著書では定義されています。

そして田坂氏の著書では、「思想」「ビジョン」「志」「戦略」「戦術」「技術」「人間力」の7つのレベルの知性があり、それらを垂直統合されたものが一つの知性となる、というふうに述べられています。
しかしこれらの知性は、外側の問題を解くということにフォーカスされている知性です。

Oshoはここで、さらなる別の知性を提示しています。
知性ある人の第一の興味は、自分自身を知ることだ」
自分自身を知るとは、知性の方向が、外側ではなく、内側に向くことです。

だから最高の質を持つ知性は神秘主義に向かう
「知性」とは、「答えの無い問い」に対して、その問いを、問い続ける能力のこと、というのが田坂氏の定義ですが、「神秘主義」にはまさに答えのない問いを問い続ける能力が必要とされます。

内面に対する知性がなければ、内面に暗闇を抱えたままに、その知性を使ってしまう可能性があります。
その場合は、その知性を破壊的に使ってしまうことになります。

しかも内側に暗黒を持つ人は
どのような破壊的なことでもやってしまう

そのような人に創造性を望むのは不可能だ
創造性はあなたが意識的であること
もう少し覚醒していること
光、愛を持つことによってもたらされるからだ

創造性はいかなる意味でも
他者を支配することに興味はない―一

創造的な知性を持つためには、内側に気づきをもたらすことが必要とされます。
そういう意味で、外側の知性だけではなく、内側の知性を垂直統合した知性こそが求められています。 

今日はここまでにします。

えたに