ナルタンさんの講演から

先日、書泉グランデにて「インナーラビリス」の著者、ナルタンさんの講演がありました。

インナーラビリンス

ご参加いただいた皆様、お暑い中ありがとうございました。 ナルタンさんはまだOshoが日本に知られる前にインドのプーナを訪れ、日本で最初の頃にOshoの弟子になった数少ない日本人の一人です。

そのなかでもOshoの通訳を務め、Oshoの翻訳者としても有名です。 ナルタンさんはOshoから翻訳をすすめられ、初期の頃にはナルタンさんの翻訳によってOshoの本が日本でも知られるようになって、日本人もOshoのもとを訪れる人が多くなっていきました。

そういうごく初期のころのにOshoに出会い、直接Oshoのことを身近に体験した人というのは、直接Oshoに会った人にしか知り得ないような、本で知ることのできるOshoとはまた別の体験があったりもします。

この度の書泉グランデでの講演は、ほとんど人前には姿を現さなくなっているナルタンさんに会うことのできる数少ない機会であり、また普段は知り得ないOshoのことを知る、たいへん貴重な機会になりました。

お話の前半は「自分を知るということ」についてのお話で、日本人の条件付けなどについてお話がありましたが、後半はナルタンさんへの質問があり、普段は聞けない貴重なお話がありました。

そのなかで、いくつか記憶に残ったお話を書いておきましょう。

「なぜこの本を書こうと思われたのですか?」という質問がありました。

「それは『プラティプラサヴ』という神秘の秘儀について書き残しておきたかったから」というのは興味ふかい言葉でした。

ですから、講談社や小学館や草思社などの大手出版社が、その「スピリチュアル」な部分を削れば出版できるのにと言われても、頑として聞き入れなかったのは、まさにそれこそがナルタンさんの書き残したいことでもあったからなのですね。

ナルタンさんが知る限り、Oshoから直接その『プラティプラサヴ』の秘儀を受けたのはもう一人イタリア人がいるだけなのだそうです。 Oshoは普段はそのような奇跡的なことをするのは好まず、よほどのことがない限りそのようなことはしませんでした。

かつまた、そのような秘儀を本当に授けることができるのは、Oshoのような真のマスターでなければできないことです。 そういう意味でも非常に稀な機会であったわけですが、ナルタンさんご自身は、なぜそれを自分が受けることになったのかについては、「わからない」と言います。

「おそらく、瞑想とかスピリチュアルなことについてほとんど先入観もなく、ただ純真にそのことに打ち込んでいたことが理由の一つだったのかもしれない」と語っていました。

もう一人、その『プラティプラサヴ』を受けている人を偶然知ることになったのは、Oshoと個人的に会うことのできるダルシャンのなかでのことでした。

Oshoに「逃れることができればいいと思います」とまさにナルタンがその当時に体験したのと同じ言葉で答えているのを聞いて、その様子からそのことが感じ取れたのだと言います。

まさにそれを体験したものにしかわからない秘儀。 瞑想というのは本当に奥が深いものだと思います。 人それぞれのプロセスがあり、それがどういうプロセスになるのかは誰にも計り知れません。

でもそんななかで、浄化のプロセスとしてそのような秘儀をマスターから授けられることになったのですから、本人としてはそのような体験は二度としたくはない大変なことではあったようですが、ある意味とてもラッキーなことでもありますね。

ナルタンさんの講演の当日の様子は、和尚アートユニティのスタッフブログの「えつこの部屋」でも紹介されていますので、興味のあるかたはご覧ください。

今日はここまでにします。

えたに