マスターと深く交わる

Oshoの言葉。

IN DEEP CONTACT WITH A MASTER

The only hope for you is to be in deep contact with somebody who is awakened.

The awakened one is called the master – sat-guru.
If you can find a master, don’t miss the opportunity
– surrender, relax into his being, imbibe his awareness,
let his fragrance surround you.

And the day is not far away when you will also be awakened,
you will also be a buddha.
                            Osho

マスターと深く交わる

あなたにとって唯一の希望は、
覚醒した人と深く交わることだ

覚醒した人は、マスター
(サトグル)と呼ばれる

もし、マスターを
見つけることができたら

その機会を逃さないように—
マスターの存在に明け渡し、
リラックスして、

その気づきを吸収しなさい。
彼の香りがあなたのまわりに
漂うようにしなさい

そして、あなたもまた
目覚める日はそう遠くはない

あなたもまたブッダになるだろう
            Osho

このOshoの言葉は、Oshoを知らない人に紹介するには一般的ではないかもしれません。

しかし、マスターと呼ばれる存在は、Osho以外にも存在するでしょう。

あるいは、霊的なマスターも含めて考えることもできます。

仏教では
南無帰依佛
南無帰依僧
南無帰依法

という言葉がありますが、
南無帰依佛
という言葉が、今回のOshoが語っていることです。

そのような、マスターに出会うようなことがあれば、それは絶好のチャンスだよ、とOshoは言っています。

そしてそのときの、最も楽チン(?)な、目覚めの方法を教えてくれています。

マスターの存在に明け渡し、
リラックスして、

その気づきを吸収しなさい。
彼の香りがあなたのまわりに
漂うようにしなさい

とOshoは語っています。

これができるのは、
デボティー(献身)の質を持っている人です。

人それぞれ、タイプがあります。

マインドで考えるのが得意な人は
男性に多いでしょうし、

ハートで感じるのが得意な人は
女性に多いでしょう。

男性は、どちらかといえば、一人でなんとかしたいと思うので、デボティー(献身)の質を持っている人は少ないです。

そういうタイプであれば、仏陀が教えていた瞑想の道が向いています。

ネティ、ネティ(あれでもない、これでもない)とすべてを否定し、ストイックに、一人坐禅するような道です。

禅などでは、仏にあえば仏を殺せ、という言葉さえあります。

これに対して、女性は愛の道が向いている人が多いといえます。デボティー(献身)の質は、愛の道です。愛の道がさらに深まった状態ともいえます。

とはいえ、
「仏にあえば仏を殺せ」という禅でさえも、まずは自分のマスターを探すというところから、禅の修行が始まります。

最初に自分が師事するマスター(師)を重んじます。

しかしそれは自分の修行を極めるためであって、マスターの存在に明け渡し、リラックスしてというのとは、ちょっと異なります。

いろんな瞑想法をする場合に、それがどういう人に向けられたものかを理解していないと、相矛盾するメソッドがあったりするので、混乱することがあるかも知れません。

そこで語られていることのエッセンスを理解していただければと思います。

今日はここまでとします。

えたに