生はとても神秘的な現象だ

このインタビュアーはとても愉快です。
私が好きなインタビューの一つです。

Oshoもこのインタビュアーとても気に入ったようで、
別のビデオでは、
Oshoは彼を自分バスルームの見学に招待したりしています。

それはともかく、

このインタビューでは、
Oshoは彼に
人生の本質、
人生の神秘について語っています。

そして、
人生の生き方について、
そのエッセンスを語っています。

このことを話すときの、
Oshoの真剣眼差しを見てください。

Oshoがここで語っていることが、
まさに彼のコミューンで起こっていたことです。

> もし誰かが泣き叫び
> 涙を流していても
> ここでは誰も
> それを止めるものはいない
>
> 誰かがその人を
> 抱きしめるかもしれない
> そして立ち去るだろう
>
> その抱擁は 
> その人の涙を止めるためのものではない
> ただ内発的に応答しただけだ

Oshoのコミューンにいる人々は、
まさにそのような感じで振る舞います。

普通、日本人なら、
泣いている人がいれば、
それをなだめ、同情し、なぐさめ、
その人が泣き止むようにと、試みるでしょう。

そんなことはしないのです。

セラピーグループでも、
そのような場面がよくありました。

人が泣いていても、
その人が泣くにまかせます。

悲しむことを邪魔しようとはしないのです。

その人が悲しみ、
泣くことのスペースを尊重するかのように、
それを見守っています。

でも、そのとき誰かが
その人をハグするかもしれません。

あるいは、
ただ寄り添うように、
その隣に座っているかもしれません。

でもそれは、
泣き止むようにと
その人を慰めるものでもありません。
ただ、寄り添うだけです。

それは、
その泣いて見る人を見て、
内側の何かが触れて、
自発的にそのようにしたいと感じた人が
その人が自分の自発性からそのようにするだけです。

ただそれだけなのです。

そのように振る舞うことができるのは、

> あなたはマインドではない
> 肉体ではない
>
> あなたの内側のどこかに 
> 観照者がいる
>
> それはマインドを観照し
> 感情を観照し 
> 生理的な反応を
> 観照している
>
> その観照している者があなただ

というような共通の理解が
そこにいる人たちの中にあるからです。

そのような瞑想のスペースの中に
生きることができれば、

自分が悲しくて泣いている時にも、
そして人が悲しみの中で泣いている時にも

そのことを観照していることができるのです。

> その観照している者があなただ
> ひとたびあなたがその中心に
> 据わったなら
> その観照者は
> すべてのものごとを
> 楽しむことができる

その時には、
自分の人生に起こるすべてのことを

たとえそれが悲しみであっても、

その観照者は、
そこで起こっていることを
映画を観客席で楽しんでいるかのように

悲しみの中で泣きながらも、
その悲しみをも楽しむことができるのです。

その悲しみに同一化しないで
観ていることができる場合には。

> 私の瞑想技法のすべては
> あなたを観照の中心に据わらせるためだ
>
> そして生と、
> そのゲームが 
> 続くに任せる

それがOshoが教えている瞑想です。

(日本語の字幕付きです。字幕が表示されない時には、画面の右下の「字幕」表示のためのアイコンをクリックして日本語表示を選択してください。)

生はとても神秘的な現象だ

笑いもその一部だ
涙もその一部だ

ときには 悲しみ
心の底から悲しむ
それは悪いことではない

悲しみにはそれ独自の美しさがある
人はただ、
その悲しみの美しさを 
その静けさを
その深みを
楽しむすべを
学ばなくてはならない

人生は
すべてがともにある

そして 私たちは
そのすべての次元を
生きることをゆるしている

もし誰かが泣き叫び
涙を流していても
ここでは誰も
それを止めるものはいない

誰かがその人を
抱きしめるかもしれない
そして立ち去るだろう

その抱擁は 
その人の涙を止めるためのものではない
ただ内発的に応答しただけだ

私たちは生を
全面的に信頼する

昼も夜も
晴れた日も曇りの日も
私たちは 
人生のすべてを
楽しむことができると信じている

ただ、もう少しの気づき
起っていることに対して
もっと意識的であることだ

あなたはマインドではない
肉体ではない

あなたの内側のどこかに 
観照者がいる

それはマインドを観照し
感情を観照し 
生理的な反応を
観照している

その観照している者があなただ
ひとたびあなたがその中心に
据わったなら
その観照者は
すべてのものごとを
楽しむことができる

私の瞑想技法のすべては
あなたの観照の中心に据わらせるためだ

そして生と、
そのゲームが 
続くに任せる

楽しみ 
笑い 
泣き

しかし何をするにせよ 
それを全面的にしなさい
恥も、罪悪感もなくだ

今日はここまでとします

えたに