OSHOの弟子になる

昨日はOSHOとは何者? ということを少し紹介しましたので、

今日は、このOSHOブログを書いている私は何者?

ということを少し紹介しておきたいと思います。

表向きはOSHOの本などを出版している、OEJ Booksの出版社の社長。

OSHOのシルクスクリーンのプロデュースを手がけ、オーラソーマのカラーセラピーを日本で最初に紹介した株式会社和尚アートユニティの社長。

オーラソーマやインドハーブのヘナを扱うインターネットショップのショップを扱っている株式会社アートビーングの社長。

そして、ユニオミスティオイルを扱う有限会者ミスティカビューティの社長。

でも、それらはすべてOSHOが原因で手がけることになってしまったもので、別にビジネスを目的として、起業しようとしてはじまった会社でもなかったのです。

会社ともなると、それなりに紆余曲折はありますが、基本的には自分の好きなことを、好きにしているようなものなので、いろんなアップダウンはあっても、ジェットコースターだってアップダウンが楽しいわけで、そのときどきのスリルを楽しんでいます。

そして表向きと言ったからには裏向きもあるのですが、表向きがビジネスの顔とすれば、裏向きというのは私生活の顔。

社会一般の仕事で使う名前は江谷ですが、私生活で使う名前は「Gatasansa」

私生活で使う名前とはいっても、普通に仕事でも古くからつきあっている人とは公私を問わずにこちらの名前を使っていることが多いですし、海外の人との付き合いはほとんどすべてGatasansaで通しています。

そのGatasansaという名前は、OSHOの弟子になるときにOSHOからもらった名前です。

OSHOの弟子はサニヤシンと呼ばれ、その名前はサニヤス名と言われていますが、一般にサニヤシンというのは、インドで伝統的には世間を捨てた求道者を指して使われる言葉で、OSHOはこの世を捨てるのではなく、世の中に生きて、世に染まらないでいることを瞑想としなさい、というふうに語っています。

その彼のビジョンは『ゾルバ・ザ・ブッダ』という言葉に象徴されています。

ギリシャの享楽主義者のその男ゾルバのように世に生きることを楽しみ、仏陀のように瞑想の境地を生きる。

そういう意味では、伝統的な世捨て人の「サニヤシン」と区別して、OSHOの弟子は「ネオ・サニヤシン」というふうに言われています。

それはともかく、もともとは、OSHOに会うまでは、弟子になるつもりはさらさらなく、むしろ、「OSHOはすばらしいけど、あぁいう弟子にはなりたくないもんだ」と思っていたのです。

その私が、どうして弟子になる羽目になったのか?

それは、また次回ということに。

Gatasansa Etani

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