愛という名の策略

これまでの歴史のなかで、男と女の間では、愛という名のもとに、絶え間のない戦闘をくり返してきています。

どうして、そのような戦争がくり返されるのか?

人類の歴史を振り返ってみると、それにはそうなるだけの理由があるのです。

その根っこは、どこにあるのか?

それは人類の進化とも関係し、深く人類の無意識のなかに埋め込まれているパターンなのです。

私たちの愛の置かれている状況を、OSHOは白日の下に曝けだして見せてくれています。

OSHOは語ります。

進化は対極を通して機能する
歩くために、一本ではなく二本の足が必要なように
存在は推進力を創りだすために
男と女、生と死、愛と憎しみといった
正反対の対極を必要とする
さもなければ、静寂があるだけだ

対極は一方であなたを惹きつけ
他方では依存していると感じさせる
そして誰も依存したいとは思わない

だから恋人たちのあいだには、休みのない戦争がある
彼らは互いに相手を支配しようとしている

愛という名前はついているが
それは策略というゲームだ

男性がやろうとしていることは
女性を支配すること──
女性が成長することをゆるさず
つねに低迷させ、低い地位におとしいれることだ

男性への隷属から女性が解放されることは
男性が自由を体験することでもある

だから私は言う
女性解放運動は、たんに女性の解放だけではなく
男性の解放運動でもあると──
両者はともに解放される

この隷属状態は両者を束縛している
だから休むことのない闘争がある

女性は夫を悩ます独自の戦術を見つけた
口やかましく小言をいうこと──
夫をこき下ろすこと

夫には、夫なりの戦術がある
そして私たちは
これらふたつの戦闘基地の間に
愛が生まれることをずっと期待してきた

何世紀もの時が流れた──
愛は起こらなかった

あるいは、ごくまれに起こるだけだった
これが普通の愛が置かれている状況だ

愛とは名ばかりで
実際は愛などではない

ゴールドナゲッツ
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