愛とマインドの関係

No-Thought for the Day より Osho の言葉

マインドはハートの召使いになるように
訓練されるべきだ

論理は愛に仕えるべきだ
そうすれば、人生は光のお祭り
になることができる
        Osho

私たちの社会は、すべてがマインドに奉仕するような仕組みになっています。
私たちの教育もそうです。

IQ(Intelligence Quotient) テストというのがありますが、知能指数を数字であらわして、その数値が高いほど知能が高いことをしめしています。この知能とはマインドの良さをあらわしています。

そしてIQ が良いほどいい大学に入り、いい会社に就職することができて、それらの人々が社会を支配し、コントロールできるようなシステムになっています。
そういうマインド重視、左脳重視の教育を受けてきていますので、男性優位の社会にもなっています。

ここでOshoが話していることは、このマインドが優位の社会に対して、あるいはマインドが優位になってしまっている人生の生き方に対して、ハート、愛が優位になる生き方、社会を提案しています。

マインドはハートに仕えるべきであり、論理は愛に仕えるべきだということです。
論理的に考えることは必要ですが、どの方向に考えるのかということは論理自体からは決められません。 法廷闘争を見ればわかりますが、どちらの側に立っても論理を駆使することは可能です。

愛があって、そのために論理を使うべきなのです。
愛のない方向に物事を考えるべきではないということですね。
愛とは女性原理でもあり、ハートは優しさやあたたかさ、おもいやり、調和を重んじます。

最近はEQ(Emotional Intelligence Quotient)といってIQの知能だけではなく、 心の知能指数ということが言われるようになりました。
心の知能とは、自己や他者の感情を知覚し、また自分の感情をコントロールする知能を指すと定義されています。(ウィキペディア)

ダニエル・ゴールドマンという人の「EQ こころの知能指数」という本で注目されるようになりました。  この本は本当の頭の良さは知能だけではないよということを解き明かしてくれていますが、まだハートという側面にまでは十分踏み込んではいません。

ここでハートと言っているのは、感情的な側面を超えたさらに大きな概念です。
ハートについての詳しいことはこちらを参考にしていただけると良いでしょう。

人生を光のお祭りにするためのヒントにしていただければと思います。

No thought for today Have a nice day! 

えたに