人々が幸せであれば、誰も戦争に引き込むことはできない
If People Are Happy Nobody Can Drag Them into a War アメリカでのインタビューシリーズです。
この講話でOshoは、今この瞬間の生き方について語っています。 この瞬間を生きることができれば、未来は自然に作り出されていく、と。
ところが、私たちは、未来のことを考えるあまり、今を生きることを忘れてしまい、今の瞬間を犠牲にしてしまっています。
犠牲からは恨みを生むだけで、何も生み出しません。もし自分が、誰かの犠牲になっている人生を生きているなら、今考え直す必要がありそうです。
<質問>
「ではあなたは、自分たちのため、
子供たちのため、さらに
その子供たちのために、
より良い未来を作ろうとしている
ひとたちを非難するのですか?
つまり、より良い環境を作ろうと
活動している人たちのことです。
グリーンピースや平和運動など
いろんなやり方で、
より良い未来を作ろうと
努力している人たちのことです。」
Osho
「なるほど ちょっと考えてみなさい
5千年にわたって どの世代もが
ずっとやり続けてきたことじゃないかね?
私たちより前の世代は
私たちのことを考え
よりよい未来を作ろうと考えてきた
私たちの今は彼らの未来だった
彼らは何をしたのだろうか?
5千年にわたって 絶え間なく
どの世代も どの父も どの母も
どの教師も どの僧侶も
より良い味来を作ろうとしていた
そして
すべての結果はまったく逆のようだ
2つのことが起こっていた
彼らは自らの今を台無しにした
彼らは犠牲になった
彼らは自らを殉教者だとみなした
私たちが人類に対して
偉大な貢献をしていると考えた
彼らはひどい迷惑をやっていた
なぜなら 自らに与えられた時間を
存在の賜物を 無駄にしたからだ
しかも よりよい未来を
作ることはできなかった
この5千年は
教訓としなければならない
私の理解としては
もし あなたが今を
完全に生き切っていれば
そうした生き方の中から
次の瞬間は生まれてくる
次の瞬間の手入れは
この瞬間を
完全に生ききることでなされるのだ
考えてごらん
理屈がいかにして
馬鹿げた考え方にたどり着くことか
父は自分の生を子供たちのために
犠牲にしなければならないと言われる
彼の父も自分の人生を犠牲にした
彼の父は生を生きることができなかったし
彼も生きることができない
彼の子供たちもまた
生きることができないだろう
なぜなら
彼らも自分の子供たちのために
自らの生を犠牲にするだろうから
つまり 誰もが他の誰かのために
犠牲になっているのだ
おかしな話だ
では誰が生を生きるというのか?
つまり 私が強調したいのは
『生きろ』ということだ
そしてあなたの生きるという体験から
未来は生まれる
もしあなたの生きる瞬間が
とてつもなく美しく
エクスタシーに溢れていれば
あなたは 自然に未来を作り出している
なんの努力もなしにだ
だが もしあなたが自分の子供達の
未来のために犠牲になっているなら
心の奥深くで あなたは 恨むだろう
なぜならあなたの人生は
子供達によって
台無しにされているからだ
そして子供たちもまた
あなたを恨むだろう
なぜなら あなたはひっきりなしに
自分の人生を犠牲にしたと
偉そうにするだろうから
そしてあなたは 子供たちが
あなたに感謝して当然だと思うだろう
子供たちがあなたの老後のために
彼らの若い時を
犠牲にするよう望むだろう
あなたも犠牲にしたのだから
これはまったく馬鹿げている」
「人類は この瞬間をできる限り
喜びに満ちて生きるべきだ
もし私たちがこの瞬間を
平和に 喜びに満ちて
生きることができれば
第三次世界大戦は 起こりはしないだろう
私たちは第三次世界大戦に関しては
何もしないが
もし人々が幸せなら
人々が楽しんでいれば
誰も彼らを
戦争に引き込むことができない」
戦争が起こるためには、人々が惨めで、苦しんで、性的に抑圧されていなければならないし、人々は飢餓や貧困などによって屈辱を受けている必要があると、Oshoは語っています。
それがどうしてかは、Oshoの話を聞くと、なるほどというふうに思われます。
そういう根本的なところに働きかけなければ、戦争を終わらせることはできないということになります。
それは、ひいては、戦争をなくすためには、瞑想がもっとも効果的な手段にもなっていくということにもなっていきます。
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今日はここまでにします。
えたに