わたしは招待状だ

今日のOshoの言葉は、

以下の質問に答えたものです。

質問:

「教えてください あなたはだれですか?」

Oshoの言葉

わたしは招待状だ

探し求めるものたち
家を見つけたいという深い切望を
ハートに抱えている者たち皆に
向けられた招待状だ

私は答えだ

誰もが抱えるが
誰も定式化することはできない
疑問への答えだ

それは疑問というよりもむしろ
探求だ 
それは渇きだ

言葉や問うことができるものではない

その渇きを 
人は自己の実存の
すべての細胞 
全ての組織に感じるが
それを言葉にして尋ねるすべはない

私は答えだ 
あなたには尋ねようもない

そして
答えが得られるとは期待もできない
疑問への答えだ

私が、
私は答えだと言うとき

私があなたに答えを与えられると
言っているのではない

もちろん 
あなたに準備ができているなら
あなたは答えを得るだろう

私はただの井戸のようなものだ
あなたのために用意されている

桶を投げ込んで 
自分で水を汲み上げなさい

私はそれを待っているが
あなたの努力なしに 
私の側からあなたに
届かせることはできない

あなたの側からだけ
私に届くことができる

それは奇妙な招待状だ 
      Osho

これは、私がとても好きな講話です。

これは、この言葉を読んだだけでは、
100分の1も伝わらないでしょう。

これはまさに、
Oshoからのトランスミッションとして
感じるべきものなのです。

Oshoが、

> わたしは招待状だ

というとき、

そのOshoの全存在、
そのしぐさ、声、
言葉と言葉の間の沈黙

そのすべてが、
招待状なのです。

> 私は答えだ

とOshoが言うとき、

そのときのOshoの全存在が、
そのまま答えなのです。

> それは渇きだ

というとき、

それはまさに、

自分の中にある渇きが

Oshoの言葉によって、
自分の中に呼び覚まされます。

> 私はただの井戸のようなものだ
>
> あなたのために用意されている
>
> 桶を投げ込んで 
> 自分で水を汲み上げなさい

まさにそのような存在として、
Oshoは存在してくれているのです。

> 私はそれを待っているが
>
> あなたの努力なしに 
> 私の側からあなたに届かせることはできない

そうなんですよねぇ。

> それは奇妙な招待状だ 

Oshoの招待状の動画を見たい方は
過去のブログで紹介しています。
https://oejbooks.com/2015/01/04/osho-who-are-you/

今日はここまでです。

えたに