「存在と悟り」シリーズ(3)

Oshoの言葉

「存在と悟り」シリーズ(3)

彼らの神に対する情熱は
とてつもなく大きい。

どんな敗北や挫折を味わっても、
彼らは探求し続ける。

揺るがず、手探りで進んでいく。
闇は大きく、
果てしなく続くように見えるが、

彼らの希望は闇よりも大きい。

希望は闇を凌駕する。
それが信仰の意味であり、
信仰によって手探りする。

信仰とは、
ほとんど不可能と思われることを

希望することを意味する。

信仰は
すべての希望に対して
希望することを意味する

信仰とは、
あなたが見たことのないもの、

そして、
それが存在するかどうかさえ
確信できないものを

見ようとすることを意味する。

それだけの信仰を持つには、
大きな情熱が必要だ。

だから、信仰に生き、
ひたすら前進するグロッパーには、

何ものも妨げにならない。

そんな失敗も
彼の中には止まらないない。

彼の旅は続く。
彼は巡礼者だ。

そしてある日、
それは
晴天の霹靂の如くにやってくる。

あなたは予期していなかった。
知らず知らずのうちに、
それはあなたの近くにやってきて、
あなたを取り囲む。

一瞬、あなたは
信じることさえできない

どうして信じられる?ーー

何百万もの人生の中にわたって、
人は手探りで生きてきた

そして
それは起こらなかった。
      Osho

ここでは、Oshoが悟りを得る前の、彼自身の体験から語られています。

信仰とは、
あなたが見たことのないもの、

そして、それが存在するか
どうかさえ確信できないものを

見ようとすることを意味する。

Oshoは悟りを得ることで、私たちに、その見たことがないもの、存在するかどうかさえ確信できないものを見える化してくれました。

しかしそれでも、マインドでは、それを見ることはできません。

何百万もの人生の中にわたって、
人は手探りで生きてきた、そして
それは起こらなかった。

ミニ悟りであっても、それはそれでとても貴重な体験ではあるのですよね。

今日はここまでにします。

えたに